僕はオトコに生まれたかった。

□僕はコテンテキを哀れんだ。
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 翌日、僕の通う高校の卒業生である姉から、在学中に使用していたローファーを借りて登校した。

 昨日が昨日だっただけに、朝一から登校する気にはなれず、学校へ到着したのはここ最近の定時。

 靴箱の中は、昨日上靴を履いて帰ったから、空だ。だからきっと、粟木しずく達はもう僕の靴箱に小細工はできないだろう、とたかをくくっていた――のが間違いだった。

 靴箱を開くと、中に数枚の紙切れが、いや、一枚の紙をビリビリに破いた紙クズが、ばらまかれていた。

「なにこれ……?」

 紙片を一つ手に取って確認し、すぐに手の中で握りつぶした。

「やってくれるじゃないか」

 たった一片の紙には、文字の欠片しか書いていなかったけれど、それだけで僕にはそれがなんなのか分かった。

 それは昨日、僕が大和斉に書き残した、メモだ。

「くだらない」

 吐き捨てて、散らばっていたメモの欠片をすべてゴミ箱に捨てた。

 こんなことをしてなんになる。

 僕が怯むと思っているのか。大和斉に近づかなくなると思っているのか。

「馬鹿じゃないのか」

 僕がどれだけ長い間大和斉を待ち望んでいたか。どれだけ長い間会いたいと願っていたか。どれだけ長い間愛されたいと思っていたか。

 小娘の小細工ごときで屈するほど、僕の想いは軽くはない。自分でも呆れるほどに、誇れるほどに、この想いは重いのだ。

 だからどんなことをされても、大和斉から「迷惑だ」と「お前なんか嫌いだ」と言われない限りは、僕は大和斉の側にいる。僕には大和斉が必要だから。

 上靴を履いて、廊下を歩く。

 そして教室に辿り着き、扉を開いた瞬間、訪れた静寂と違和感に心の中で溜息をついた。

 クラスメイトが皆一様に静かになった。

 僕の机と椅子が消えていた。

 粟木しずくは、どうやら古典的な攻撃が好きらしい。それとも、脳のスペックが低いのか。

 クラスメイト達はきっと、昨日から今朝のうちに粟木しずく達にいいように丸め込まれたか、弱みを握られたかのどちらかだろう。半分は普段から僕が気に入らなかったのか意地悪く笑ってこっちを横目で見ているけれど、もう半分は気まずそうな顔で目を逸らしているから。

 可哀想だとは決して思わないけれど、可哀想に。

 悪質なゲームに巻き込まれた揚句、罪悪感を押しつけられて、ギブアップすれば強制的に罰ゲーム。しかもゴールの場所は不確定。

 あー、可哀想に。 

 心の中で薄く笑って、とりあえず自分の机と椅子が置いてあった場所へと向かった。なにも無いその場所に立つと、どこからかクスクスという厭な笑い声が聞こえてきた。

 笑いたければ笑えばいい。僕にしてみれば、自分のギャグを自分で笑う人間と一緒だ。つまり、痛い。やることなすこと、痛い。

 笑い声を背中で受け流して、自分の足元を見た。

「さて」

 どうするか。

 しかしよく大和斉が去った数分で机と椅子を運びだせたものだ。この素早さには感心する。

 それでもわずか十分程度では、そう遠くへは運べまい。運ぶとするならば、空き教室か、裏庭か、そのまま廊下に放置かのどれかだ。確率としては、空き教室が一番高いだろうけれど。

「とにかく、授業はサボろう」

 担当教師に机と椅子がないと認識され、このような状態におかれていると知れて、その教師がなんとかしてくれると思えるほど僕は愚かではない。そもそも、頼りたいと思えるほど好いてもいないし、信用してもいない。

 腕時計を見る。

 あと二分程度で、始業のベルが鳴るはずだ。

 とりあえず僕は教室を出た。粟木しずくに目もくれてやらずに。
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