僕はオトコに生まれたかった。
□僕はヒツヨウを思い知った。
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癪だった。
粟木しずくの思い通りになるのは癪だった。
だから僕は、避けることなく、渡り廊下の掃除終了後に理科室へと向かった。
大和斉は、いるだろうか。
大きく二度深呼吸して、理科室の扉に手をかけ、開いた。
「…………」
ただ静かな理科室が、そこに在るだけだった。
「サボっても気づかないだろうな」
もしやサボれと、会いたくないからサボってしまえというメッセージなのか。とも思ったけれど、さすがに考えすぎだと自分でも思う。だから、掃除用具箱からモップを取りだして、水を含ませた。
ただ無言で、床を磨き続けた。
ただ無心で、床を磨き続けた。
黒い床にモップの跡を残しながら、端から端までの往復を繰り返す。
トン、と壁にモップが当たり、引き返し、トン、と壁にモップが当たる。ただそれを繰り返した。
「いい加減ここでストップしようかな」
ふう、と一息ついて理科室を見渡す。
僕一人しかいない理科室は静かで、静かすぎて、余計なことに気づいてしまった。
大和斉は、僕が掃除している間、一度も、姿を見せなかった。
「やっぱ、避けられてるんだ」
そう言葉にして確認すると、苛立ちが僕の中にゆっくりと芽生えた。
何故、僕が避けられなくちゃならないんだ。先に<遮断>したのは大和斉の方だろう。なのに何故、僕から逃げるんだ。
「ムカつく……」
どうしていつも、逃げるのは君で、追いかけるのは僕なのか。惚れた弱みというやつだろうけれど、やっぱり理不尽だ。納得いかない。
「せめてご褒美とかあればまだ……あ」
そういえば、掃除が終わったら準備室にこいと言われていた。
けれどそれは喧嘩――と言っていいのかわからないけれど、仲違いする前に受けた言葉だ。今この状態で、あの言葉は有効だろうか。
行くべきか、行かざるべきか。
もし面と向かって嫌そうな顔をされたら、今度こそ立ち直れないかもしれない。
「……でも」
会いたい。
性懲りもないと、脳のどこかが自分を呆れているけれど、会いたいものは仕方がない。この感情を消すことができるのは、大和斉、ただ一人だ。
「よしっ!」
拳を堅く握りしめ気合いを入れ、準備室の扉を三度ノックした。
返事はなかった。
嫌な方向に突っ走っていきそうな感情を引き止めて、準備室の扉に耳をつけ、中に人がいるか確認する。
中から物音はせず、人がいる様子もなかった。
ほっ、と胸をなでおろして、取っ手に手をかける。
こい、と言ったのは大和斉なのだから、無断で入っても構わないだろう。
「失礼します」
形ばかりの儀礼を声にして、ゆっくりと扉を開く。
「……よかった」
やはり、誰もいなかった。
そのことに安堵して。でも会えなかったことに落胆して。
どっちつかずな自分の気持ちに苦笑しながら、部屋を見回した。そして、この間とは様子の変わっている場所を見つけた。大和斉の、机の上に。
一瞬私物かとも思ったけれど、明らかにそれだけ浮いていたので、もしやと思って近づいてみる。
「これ……」
そこには一枚のメモと、ファンシーな紙袋が一つ乗っていた。
メモは僕に宛てられたもので、書いたのはもちろん大和斉。内容は、
――にーざとせんりへ。急な職員合議が人った。お前のとこだから、勝手に入ってコレを見つけてるだろう。食え。ほーびだ。ココで食うなら、見つらかないよーにカギをかけとけよ。ダイワ。
急に入った、というのが嘘ではないことは、文面と字の汚さを見れば分かった。
「僕の名前ひらがなだし。職員アイ議がヒトったってなんだよ。色々微妙に間違ってる」
ク、と笑った、つもりだった。けれど、ポトリと手に落ちた滴が、脳と表情の感情の不一致を告げた。