僕はオトコに生まれたかった。

□僕はカンシャを音にもしなかった。
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 どうやら粟木しずくは、大和斉に告げ口はしなかったらしい。大和斉の粟木しずくに対する声に遮断は見られなかった。

 口で言うほど大したことないな。

 なんて思ったのが間違いだったのかもしれない。

 僕はすっかり粟木しずくのことを念頭どころか片隅からも消し去ってしまっていて、大和斉に声をかけられると、警戒も注意もせずに振り返ってしまった。

「なに?」

「お前、放課後の掃除どうしたよ」

「放課後の掃除? 三階の渡り廊下担当だけど……?」

 何故そんなことが知りたいのだろう。

 首を傾げると、大和斉は手刀を僕の頭頂部に振り下ろした。所謂、チョップだ。

「ったー! なんで!? 渡り廊下の何が悪いの!? そもそも渡り廊下って決めたの前の担任だし!」

 痛みを訴える個所を右手でさすりながら、大和斉を見上げる。

 大和斉は、まるでいつでももう一発頭頂部を狙う準備があるとでもいうように、手の形をそのままに僕を見下ろしていた。

「渡り廊下渡り廊下って、別に俺は渡り廊下に不満を持ってるわけじゃねーよ」

「じゃあなんだよ! 渡り廊下に不満がないなら何が不満なんだよ!」

 きっと今、全国どこを探しても、こんなに「渡り廊下」という言葉を会話に使用しているのは僕達だけだろう。

 大和斉は、とん、ともう一発手刀を振り下ろしてから、理科室を親指で差した。

「お前、サボってた罰として、放課後掃除するっつったよな?」

「あ……」

 そうだった。

 大和斉の「デートだ」発言ですっかり忘れていたが、僕はあの日、放課後の掃除を言い渡されていたのだった。

「君の爆弾発言が悪いと思うよ」

「はい、言いわけしなーい」

 罪悪感がある分、そう言われるともう何も言えない。

「わかったよ……今日ね。今日する。渡り廊下終わったらしにいく」

「よーし、終わったらいいもんやるから、部屋にこいよ」

「誤解を招くような言い方しないでよ」

 部屋、こいよ。なんて、事情を知らない人が聞けば、よろしくない噂が立てられるレベルだ。

「細けーなー、お前は」

「君が気にしなさすぎなんだよ」

「あ、そうだ。お前、粟木に礼言っとけよ」

 粟木、という名前を大和斉から聞いた瞬間、ピシ、と顔が強張ったのが自分でも分かった。

「な、んで……?」

 嫉妬ではない。嫉妬ではないが、敵として認識されて攻撃してきた人間の名を、大和斉から聞きたくなかった。

「お前が掃除しにくるはずだった日、お前の代わりに掃除してくれたのが粟木なんだよ」

「僕の、代わり?」

「そうだ、だから礼言っとけよ」

 礼と言うのは、感謝の気持ちを告げろということか。

「嫌だよ」

「は?」

 粟木しずくは僕への厚意で掃除をしたわけではないだろう。大和斉への好意による行為だ。

 大和斉によく思われたいという下心からのものであるのだから、僕が感謝する理由などない。

「お前がしなかったから、やってくれたんだぞ」

「君がやれって言ったの?」

 もともと理科室の掃除は、アルコールランプなどの危険物がたくさんあるからという理由で、事務員がやっている。僕がこなかったからと、代わりをたてなければならないことではない。

「いや、自分から名乗り出てくれた」

 やはり。

「どうして粟木しずくは僕が理科室に行かなかったってわかったの」

 恐らく、見張っていたのだろう。僕が大和斉に近づきすぎないように。
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