僕はオトコに生まれたかった。

□僕はセイトで繋がった。
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 正直、日曜日の記憶はほとんどない。ご飯を食べた記憶も、宿題をした記憶も、お風呂に入った記憶もない。もしや日曜日丸一日寝ていたんじゃないかと思ったりもしたが、土曜日にはやっていなかったはずの宿題は全部埋まっていたし、髪からはシャンプーの香りがしていたので、起きたことは確かだ。

 土曜日、大和斉と過ごした時間は、辛くもあったけれど、夢のようでもあった。

 あんなに穏やかに流れる時間を二人で過ごしたのは、初めてかもしれない。僕らはいつも、二人の関係がバレやしないかという不安にかられていたから。もちろん、今だって別の意味でバレてはいけないのだけれど、あのころの比ではない。

 だから僕はこれ以上ないくらいの幸せな気持ちを抱え、久々に朝礼に参加する気で登校したのだが、

「ちょっとー、聞いてるー?」

 教えてほしい。

 何がどうなってこうなっているのか。

「新里さんさー、ちょっと顔がいいからってさー、調子のってんじゃないよー?」

 登校して早々、靴箱前で僕に声をかけたのは、粟木しずくだった。そして僕が返事をする前に、粟木しずくだけではなくその友人達――生物雑用問題に参加した奴ら――に取り囲まれ、「ちょっといい?」という疑問符を付けていながらも、強制的に校舎裏へと連れて行かれて、現在この状況。

 ちなみに、学校に来てから僕は一言も発していない。

「拉致連行、って感じかな」

 小さく呟くと、粟木しずくの友人の一人が、普段からは想像もつかないような声で「ああ?」と凄んだ。

 けれど女子高生の凄味など、凄味の内に入らない。

「あのさ、さっさと用件言ってくれないかな?」

 なるべく嫌悪感を出さないように努めるも、その甲斐空しく、皆一様に眉根を寄せた。

 粟木しずく達は僕が喋ること自体が不快らしい。

「あのさー」

 粟木しずくだ。

「新里さんさー、ちょっと勘違いしてるんじゃなーい?」

 だから何がだよ、と言いたい衝動を抑え込んで、続きを待つ。

「斉センセーはぁ、あんたが問題児だから構ってくれてるだけなんだよー?」

 大和斉、なるほどそういう話か。

 オンナの色恋沙汰はこういう裏工作みたいなものが多々あるから、鬱陶しい。面倒くさい。

 はあ、という溜息も、無理矢理喉に押し込んだ。

「だからさー、斉センセーに近づくのやめなよ」

 僕は大和斉に近づいた覚えはない。むしろ避けようと必死だったのに、大和斉がそれを阻止したのだ。だから、どちらかと言えば、大和斉が僕に近づいてきたというほうが正しい。

 と、反論する前に、粟木しずくは二の句を告げた。

「大体、非常識でしょー? 休みの日までセンセーに纏わりつくなんて」

 休みの日。それはもしや、土曜日のことを言っているのか。

「しらばっくれても無駄だからね。私しっかり見たんだから。一昨日、駅前のオブジェの前を歩いてた斉センセーにあんたが声かけて、そのままどっか行っちゃったとこ」

 ああ、やはりそのことか。

 まさか、僕がわざと遅れたこと、大和斉が遅刻魔なことが、ここで裏目に出るなどと思いもしなかった。

 これに関しては大和斉が悪い。何故待ち合わせを駅前にした。しかも何故待ち合わせ場所の定番であるオブジェの前にした。

 気づかなかった僕も僕だが、現在まで待ち合わせをしてどこかに遊びに行くような友人がいなかったのだから仕方がないだろう。

「迷惑なんだよねー」

 腕を組んで立つ粟木しずくの目は、軽蔑や侮蔑を含んでいる。格下の相手を見る目だ。

「だからさ、近づかないでよ。目障りだから」

「目障り?」

 正直口をきくのも嫌だけど、僕は器が狭いので、見下されたまま黙っていられるわけがない。

「それはさ、誰にとって?」

「は?」

「君……君達、なのかな? 君達はさ、大和斉のためとか言ってるけど、結局自分達のためだろ?」

 僕が目障りなのは、粟木しずく達にとってだ。

 決して大和斉が僕のことを目障りだと言ったわけじゃない。そもそも、大和斉が目障りだと思っていたとしても、ただの生徒である粟木しずくに言うはずがない。

 アイツの性格は僕が一番よくわかってる。

 アイツは、目障りだと思った人間は、遮断、する。あの店員を相手したときのように。声は淡々となるけれど、それ以外は誰にも覚らせないほど完璧に、<普段>を作り上げる。それは僕に多少のトラウマを覚えさせるほどで。それなのにアイツが僕に対してそんな態度を取っていることを、僕が気づかないわけがない。

「せめて、私達はイツキセンセーが好きだから、ニイザトセンリが目障りなので近づかないでください。って正直に言えば少しは可愛気があるってもんなのに」

 可愛い、なんて絶対思ったりはしないけれど。

 粟木しずくは瞬間湯沸かし器のように怒りで顔を真っ赤にした。
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