僕はオトコに生まれたかった。

□僕はケツイを改めない。
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 突き刺したフォークで鉄板に抑えつけられたチキンソテーの焼ける音だけが、僕と大和斉の間に響いている。

 僕は唐突に理解した真実に動揺して、フォークから手を離せなかった。

 大和斉は、自分のチキンソテーにフォークを突き立てられたまま動かない僕に何を言うことも無く、ただ黙って僕を見続けている。

 僕が嫌いなのは、ヒト。

 確かに、そうかもしれない。いや、そうなのだろう。

「でも……、オンナの方が、嫌いだ」

 どちらが嫌いかと聞かれたならば、僕は迷わずそう言う。

 今までの人生、オンナが嫌いという感情だけをピックアップして生きてきて、今この時までオトコも嫌いだったなんて気づかなかったのに、感情を同列に扱えるわけがない。

 けれど、アイツを追いかけていただけでオトコが除外されたのだとしても、それだけでオンナをこんなにも嫌悪する理由になるのだろうか。

 この感情が僕の物であるのは確かなことなのに、まったく理解ができない。

「それでいいんじゃねぇの?」

「え?」

 今まで黙っていた大和斉の唐突な言葉に、目を剥いた。

 それは僕の中にあった重い空気とは百八十度異なる軽い口調であったからでもあるし、投げられた言葉が予想外のものだったということもある。

 目を見開いたまま動かない僕の、フォークを握り締めていた手を、大和斉は優しく触れた。

 僕の手は鉄板からの熱気で温もっていたはずなのに、大和斉の手は心に染みるほど温かかった。

「嫌いなんて言うな、女も男もいいところはいっぱいある。人間はそんな悪いもんじゃねー……」

 それは僕の望まない答えだ。何よりも受け入れがたい答えだ。しかし、一本調子な声。その声で、大和斉の言葉に裏があることがわかる。

 けれど、大和斉の結論を言葉で聞きたかったから、何も口を挟まなかった。

「んなこと言われて、へー人間も悪くないなー、って思うか? 思わねーだろ。俺だったら絶対思えねーな。薄っぺらいこと言ってんじゃねーよ、って心の中で悪態ついて、表面上はニッコリ笑って考えを改めました、って風を装う」

 その結論を意味するものは予想通りのものだったけれど、驚いた。

 教師という役職についているからには、もう少し柔らかく、生徒である僕を説得しようとするのかと思っていたから。否定の言葉を使って、僕を諭そうとするのかと思っていたから。だからまさか、大和斉個人の対応の仕方まで暴露されるとは思わなかった。

「結局そんなことを言う奴が正しいってなるのはなー、言われた奴が経験を通して考えを変えた時に、たった一言『だろー?』って言うからだよ。その一言で『ああ、こいつが言ってたことが正しかったんだ』って思っちまう。どんなにその改めた考えってヤツが間違ってたとしてもな」

 でもたとえそれが間違った考えであるにしても、経験から学んだことであれば必ずそれは本人の意思によって改められた考えであり、その考えが正しいと言った人間に非はない。

 正しい。

 なんと無責任な言葉だろうか。

「だから、お前はその考えを無理に改めよーとしなくていーんだよ。お前自身が『悪くないな』って思ったときに、『この考えが間違ってたな』って思えばいい。んで、ずーっとお前の考えがそのままだったら、『やっぱりこの考えが正しい』とお前の中だけで決めろ。それから先は知らねー」

 大和斉は、決して僕に<正解>を教えようとはしなかった。ただしなやかに、ゆだねるように、自分の考えを提示するだけで、僕にそれを押し付けたりせず、否定する余地を与えてくれた。

 僕の正しさは、他人の意見からの受け売りではなくて、僕自身の判断と責任で決まる。

 心に無理を強いることをしなくていい。

 オトコが嫌いでもいい。オンナの方が嫌いでもいい。

 今自分の心がそう訴えるのならば、そのままでいいのだと、大和斉はそう言う。 

「大体お前はな、俺が強要したところで考えを変えねーことくらいわかってんだよ」

「え……?」

 ふう、と大きな溜息をついた大和斉は、僕の手に触れていた手を離した。
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