僕はオトコに生まれたかった。
□僕はキライの理由を知った。
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大和斉の言葉に、一瞬目の前が真っ暗になった。
「オンナと、付き合ったこと、あるんだ?」
無いはずが、無いだろう。
だって男なんだから。
二十五年も生きている男なんだから。
分かりきっていたことなのに、どうしてこんなに胸が痛い。どうしてこんなに悔しい。
湧き出る嫉妬心を、おしぼりを強く握りしめることで抑える。
落ち着け、落ち着け。今更だろう。だってアイツはもうすでに、僕を裏切っているじゃないか。そう、裏切っているじゃないか。――ならばまた。ということはまた。また僕は、裏切られたのか。
思考が暗闇に落ちかけて、唇を噛んだ。
違う。
裏切られてはいない。
大和斉に、僕の記憶がないのだから、それは裏切りとは言わない。
必死で心を抑えつけて、下げていた視線を上げた。
「付き合ったっつーか……、成り行きっつーか……」
どんな成り行きだ。
「ふ……不誠実、だね」
「傍から見ればそうかもしれんな」
大和斉の表情に、言葉に、照れた様子がないことが救いだった。
「あの、さ」
これ以上の嫉妬心を覚えないために、次の話題へ移ろうとしたとき、聞き覚えのある嫌な足音が右耳から入ってきた。
大和斉の眉根も少し寄る。そして、足音が止まった瞬間に全ての表情が消えた。
「お待たせしましたぁ〜」
コトン、とまず大和斉の前にアイスコーヒーが置かれる。そして次に、僕の前にアイスコーヒーが、置かれる、はず、だった。
店員に気づかれないように小さく溜息をついて、テーブルの中央に置かれたアイスコーヒーに手を伸ばす。
こんな分かりやすい贔屓は、いっそ清々しい。
内心で呟いて、ストローの紙を千切った。
「えっとぉ、こちらモンブランです!」
です! という語尾にやけに気合いが入っているな、と首を傾げながら、中央に置かれたモンブランの皿に手を伸ばし、引き寄せる。
片手に持っていたストローをコップの中に差し、フォークを手に取ったところで、違和感に気づいた。
空気がおかしい。
いや、空気が止まっている、と言った方がいいか。
まず僕は、大和斉を窺った。
変化は見られない。
そして店員を窺った。
「……なに?」
店員は僕の存在に初めて気づいたとでも言わんばかりの顔で、僕を見ていた。
声をかけてやっと、失礼なほど凝視していた自分に気がついたのか、風がくるくらい勢いよく盆を振り回して、首を横に振った。
「い、いえいえいえ。なんにもございません。お客様が美人でびっくりしただけです」
この店員は、どれだけ僕の癪に触れば気が済むんだ。
「美人とか、やめてくれる? ってか持ってきたならさっさとどっか行ってよ」
思わずそんな言い方をしてしまった。
このことに関して、店員に非はない。
慌てて口元を覆うけれど、出た言葉は戻らない。
「と、とにかく。君、ガムシロップとミルク忘れてるから。四つずつ持ってきて!」
はい、と素直に去っていった店員の背中を見ながら、ホッと息をついた。
「嫌味の一つぐらい覚悟してたのにな」
呟きながらモンブランにフォークを突き立てた。
「お前が美人」
ギロリ、と睨む。
「あー……まあそんな容姿だったから、相手も引けたんじゃねーの?」
「そうかな。それしきのことで怯む店員が、わざとガムシロップを忘れたりするかな」
「あ、気づいてたのか」
「気づかないわけないだろ。常套手段だよ」
相手に何度も接触できるように、気づかれない程度の、例え気づかれても、可愛いドジだな、と思われる程度の工作はああいうタイプによく見られる。少なくとも僕が見てきたああいうタイプは、全てこのような工作をして相手に近づいていた。
「お前なんかすげーよな、考え方が」
「人生経験の違いじゃないの」
「俺より若いだろ」
「…………」
答えない僕をどう思ったのか、大和斉は話題を変えた。
「どうよ」
あまりに唐突だった。色んな意味で。
「何が」
「ここまで俺と過ごして、どうよ?」
ショック療法、というやつか。
確かに大和斉の顔を見るだけで辛い、と思うことは少なくなったけれど、言葉を交わせば辛さは蘇る。
大和斉が僕のことを忘れている限りは、どんな対策を講じても、この辛さは消えないだろう。
「辛いこともある。でも、君の顔は見慣れたよ」
「やっぱショック療法が一番だな」
「でも結構残酷だよ」
ポロリと出た言葉だった。それが本心なのは明らかで、大和斉が首を傾げて何かを言おうと口を開きかけていたけれど、間の悪いことにあの店員がガムシロップとチキンソテーを持って戻ってきた。
「お待たせしましたぁ。ガムシロップとミルクを四つずつと、トマトソースのチキンソテー、レモンとハーブのチキンソテーです」
ガムシロップとミルクは、節分かというほど乱雑にばらまかれた。
もしやこれはさっきの仕返しか、と思って店員を見上げるけれど、店員は素知らぬ顔で大和斉に笑顔を送っている。
「ご注文はお揃いですか?」
「ああ」
「では何かありましたら、お呼びください」
大和斉限定の愛想を振りまきながら、店員が下がった。
途端、盛大な溜息がどちらともなく漏れた。
「なんか、精神的にクるよね」
「ああ……、大分な」