僕はオトコに生まれたかった。

□僕はショウドウを待っていた。
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 ガイドブックコーナーで何やら考え込んでいる大和斉を放置して、僕は漫画コーナーに向かった。

 書店に来るたびにいつも向かう、お気に入りスポット、と表現するのは少し違うと思うけれど、僕の定番コースだ。

 そしてもちろん足を止めるのはあのコーナー。やたら密着した男二人が表紙の、漫画や小説があるコーナーだ。

 共感、はしていない。

 所詮は紙の上の創造物であるものに、気持ちをリンクさせるほど、同性愛というものには溺れていない。僕が求めているのは、同性愛というものではなく、オトコの僕がアイツに愛されるという、ひねくれた愛の証だ。だからこのようなジャンルに共感はしてはいないけれど、ただ、羨ましいとは、思う。

 紙面の上だろうが、文字の中だろうが、物語の中の二人は決して気持ちを違えることはないし、用意された終着点はハッピーエンドがほとんどだ。

 それが物語というものなのだけれど、それでも僕は、羨ましい。

「僕とアイツも、物語の中で生きていたかったな」

 と、嘲笑が漏れた。

 ああ、そうだった。

 僕だけが、ハッピーエンドを望んでいるのだった。

 目下に陳列されている漫画の一つを手にとる。可愛らしい顔立ちをしている男と、少しキツめの顔立ちをした男の輪郭を、人差指と中指でなぞる。

「何してるんだ、僕は」

 はあ、と溜息をついて、手に持っていた本を元の場所に戻そうとしたその時、表紙に陰が差し込んだ。

 その陰の主は、見なくたって分かる。

「だからさ、忍者みたいに気配殺すの、やめてくれない?」

 見上げるとやはり、大和斉だった。

 大和斉は片手にガイドブックを持っていて、空いているもう片方の手で、僕の持っていた漫画を取った。

「あ、ちょっと」

「なんだー?」

 と言いながら、裏表紙に書かれているあらすじに目を通す。

 僕は内心、母親に年齢制限のかかった本を見つけられてしまった中学生のような気持ちだった。

 鼓動が不自然に大きくなる。

 もし、不快な顔をされてしまったらどうしよう。

 男同士の恋愛はナイと言った大和斉は、それを手に取って見ていた僕を、一体どう思うだろう。

 そんな僕の心情が表情に表れていたようで、漫画からちらりと僕に目を逸らした大和斉は苦笑をもらした。

「んな顔してんな。別にこんなん見てたからって、どうも思わねーよ。趣味なんて人それぞれだしな」

 人、それぞれ。

「君はナイって言ってたじゃないか」

 そう、人それぞれ。それは大和斉が、「ナイ」を撤回したのではなく、その「ナイ」を「アル」と認識している僕を、寛容に受け入れただけだ。

 それは、僕にとっては、とても、残酷だ。

 いっそ、否定して、否定して、否定してくれたならば、僕には説得して、説得して、納得させるという術が残されていたというのに。

「お前、あのとき、この趣味のこと言ってたのか?」

 漫画を元の場所に戻して、大和斉は手に持っていたガイドブックをぱらぱらとめくり始めた。

「違うよ。僕は正真正銘、性癖の話をしたんだ」

「性癖……、って合ってんのそれ?」

「ニュアンスは伝わっただろ」

「まあ、伝わったけど……」

 目的のページに辿り着いたらしく、ガイドブックをめくるのを止めた。

 ほら、と開いたページを僕に見せる。

「ここは?」

「展望台」

 でかでかと「デートにお勧め! ロマンチックな夜景スポット!」とポップなフォントで書かれた字の下には、さまざまな場所の夜景写真が掲載されていた。

「もしかして、ここに今から行くってんじゃないだろうね?」
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