僕はオトコに生まれたかった。
□僕はセンタクを繰り返した。
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ズ、とコーヒーを口に含んで、僕は居住まいを正した。
「困るだろう?」
「え?」
大和斉の間の抜けた声。それが可笑しくて少しだけ口角が上がった。
「生徒から急にこんなこと言われて」
困らないはずがない。もし困らないとしたなら、そいつはよっぽど見境のない女好きだ。
大和斉がそんな人間でなくてよかった、と心の中で胸をなでおろす。
「俺は今、そんなことを聞きたいんじゃねーぞ」
「具体的に」
「どうして俺を真正面から愛することができないってんだ?」
そんな恥ずかしい台詞をよく言えるもんだ。下手したらナルシストな台詞だ。
でも言わせたのは僕なんだけれどね。
「知りたいの?」
「そこまで言ってやめるってのは、ないだろ」
「確かにそうだね」
君だったら、気になって夜も眠れないだろうね。本当に。
「僕は一度」
君に、
「裏切られた。それは僕が<オトコ(僕)>であったからなのか、ただその程度の愛だったのかは、本人に聞いてみないとわからないけれど」
その本人は、僕のことなんかすっかり忘れてしまってる。
「それが俺となんの関係が」
思わず噴出した。
可笑しかったのもあるけれど、なんだかもうあまりに切なくて、馬鹿らしくて、笑ってしまった。
なんだよ、と大和斉の眉間にしわが刻まれる。
「しわを作りたいのは僕の方だよ、大和斉。そうだね、関係ないかもしれないね、君にとっては。でも僕にとっては一生をかけるほど大切で、愛してた。それほどなのに裏切られて正気の沙汰でいられる?」
少なくとも僕はいられなかった。
「ずっとずっと引きずって、醜いほどに執着して、未だ血を流し続けているのに、君を真正面から愛せると思う?」
「だからどうしてそれが俺に繋がる? お前がそうやって愛して、裏切ったのは別の男のことだろ? それなのに」
「また君に、愛されないかもしれない……」
堪え切れずに溢れ出ようとする涙を、冷めたコーヒーで喉に流し込む。
幸い、声は震えていなかった。
「また僕は、裏切られるかもしれない。いや、裏切られたというシンジツを突き付けられるかもしれない。全てが怖い。愛に関する全てが怖い」
視線を手にした紙コップに移す。
今にも泣きそうな目をした、情けない面のヤツと目が合った。
「けど僕は君が好きだ。その気持ちは変わらないし、変えられない。だから僕は、君を避ける。逃げる。遠くから君を愛し続ける」
僕の中のモヤモヤとしたものが、急に晴れた気がした。
自分でも、どうして好きなのに避けるんだ、あんなに求めてたのに逃げるんだ、という思いが心のどこかにあった。
それでもそれを見ないふりして、弱い自分に気づかないふりをした。
けどそうか、僕はそうなんだ。
僕が大和斉を避けられるのは、遠くから愛するという選択肢があったからなんだ。
その選択肢は、遠い昔、強制的に選ばされたものによく、似ている。
けれどそれは紛れもなく、僕だけに用意された一方通行の選択肢だったのだけれど。