僕はオトコに生まれたかった。

□僕はケンオに責められた。
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 ショック療法、と大和斉が僕を引っ張って連れて行ったのは、なんと大和斉が職務放棄して自習にしていた理科室だった。

「え、ちょっと!」

「抗議は後で聞いてやる」

 こちらを振り返りもしない大和斉に手を強く引かれ、教室にまるで放りこまれるようにして入れられる。

 驚きで目を丸くしながら大和斉を振り返ると、大和斉はそれはそれは悪い笑みを口元に描いていた。

「さて、新里さん。今までサボっていた罰として、しばらく俺の……っと、授業の雑用をしてもらいます」

 俺のって言いかけた。俺のって。

 しかしそんなことをクラスメイトたちの注目の中で声にするわけにはいかず、眼光で抗議していると、背後で「ちょっとぉ!」と声が上がった。

 この声は確か、

「なんだ、粟木(あわき)

 委員長、粟木しずく。

 僕は粟木しずくがあまり好きではない。それはオンナだからでもあるが、生理的嫌悪感が最も大きな理由だ。要因もなく嫌うのは僕自身もどうかと思うのだけれど、嫌いなものは仕方ない。そしてそのケンオをさらに増幅させるのは、正にコレ。

「雑用は、委員長である私の仕事ですー。新里さんだってサボりたくてサボってたわけじゃないと思うんですよー。だから、雑用押し付けるなんてカワイソー」

 ああ、嫌だ。

 反吐が出る。

 なにが「カワイソー」だ。

 僕は知っている。粟木しずくが、大和斉に好意を持っていることを。

 だからこそ、ほかの生徒よりも接点を持つことができる職を取り戻そうとしているのだ。決して、僕を本当に可哀想だと思って言っているわけじゃない。

「こういうところが嫌なんだよ」

 はあ、と誰にも聞こえないように言ったつもりだったのに、大和斉が僕の両肩に置いていた手を二回、まるで落ち着けと言わんばかりに叩いた。

 そんな些細なことにも、僕の心は震えてしまう。

「仕事熱心なのもわかるけどなぁ、粟木。お前は委員長だろうが、俺の授業ばかり気にかけるわけにゃいかんだろう」

「大丈夫です! 私は委員長なんですよ! 仕事は全うしたいんです!」

 おー、さすが委員長。などと周りから声が上がる。

 この中で粟木しずくの思惑に気がついているのは、おそらく粟木しずくの友人たちのみだろう。その証拠に、援護せんとばかりに粟木しずくの友人たちは口々に抗議を始めた。

「そーですよー、センセー。しずくは人一倍仕事熱心なんですよ」

「そうそう、この仕事にプライドすら持ってるんですからね」

「大体、新里さんは授業サボってたのに、お仕事ちゃんとできるとは思えないんですけど」

 おっと、こちらに矛先が向いてきた。

 こういったことは、正直面白い。

 計略的に相手を貶めて、遠まわしに味方の印象を良くする。それを誰に教えられたのでもなくやってのけるのは、オンナの本能なのか。

 しかし面白く思えどケンオがなくなるわけではないので、この状況は非常に苛立たしい。

 それでも精神年齢二十四足す十六な僕が――、

「え……」

「どうした?」

 二十四、足す、十六、イコール、

「四十…………四十!?」

 唐突に数字を叫んだ僕に、粟木しずくとその仲間たちの声が止まった。

 ヤバイ、とは思ったものの、今更ながらに気がついた衝撃的事実に取り繕うことができない。

 精神年齢、四十歳。

 いや、一度やり直しているのだからリセットしてもいいだろう。いやいや、リセットはさすがに無理がある。じゃあせめて幼少期の分をいくつか引いてもいいんじゃないだろうか。

「お、おい」

 遠慮がちに呼びかけられ、肩を強く揺すぶられ、ハッと我に返る。

 しまった、動揺しすぎた。

「すみません、まだ体調が芳しくなくて……」

「いや、それと四十にどうかんけ」

 ギロリ。睨むと、大和斉は口を噤んだ。
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