僕はオトコに生まれたかった。
□僕はシュウチャクを望んでいた。
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宣言通り、僕は生物の授業に出ることをやめ、遅刻、早退魔となった。故に、大和斉との接触は他の生徒よりも確実に少なくなっていたのだが、やはり少なくなるだけで、完全に接触を断つということはできなかった。それは廊下ですれ違うから、というだけではなく、たぶん、恐らく、僕の心の弛みも原因の一つだろう。
態度に出しはしないにしても、大和斉の側を通るのには多少の勇気を要した。大和斉を近くに感じる度に身体に取り入れる酸素の量は極端に少なくなる。目が合ってしまったときなど、二酸化炭素を排出することすらできなくなったくらいだ。
大和斉は、僕を見る。なにか言いたげに、僕を見る。
だから僕は、目を伏せて歩く。感情が見つからないように、目を伏せ歩く。
産まれて初めて、自分の髪が長いことに、切るなと強要し続けた姉に、感謝した。
「………憎いよ、君が」
こぼれた嘲笑は、僕に返る。
本当に、憎い。愛憎という名の憎しみさえ、抱かせてくれないアイツが。そして、それほどまでに、アイツを好きになってしまった僕が。それでも僕は、コウカイは、しない。
「さて……どうしよっかな」
今は生物の時間。教室にはもちろん誰もいない。
机に頬杖をついて、窓の外を見る。たゆたう雲がやけに暢気に思えて、自然口元が綻んだ。
「羨ましい……」
何が、と聞かれたらば困るのだけれど、確かに今抱いている気持ちは、羨望だ。
目の覚めるような青。
決して縛られることのない雲。
その中を泳ぐ鳥。
僕とは真反対の景色だ。
アイツしか映らない視界。
アイツに縛られた心。
身動きのできない愛。
こんな狭い世界で生きていても、不思議と窮屈ではない。ただ、辛いだけで。
なのに僕が空を羨む理由は、シュウチャクを望んでいるからなのだろう。
「本当に……なんて不毛な愛なんだ」
無限、ループ。僕はそれを望み、それを拒み、結局はそれに流されている。決して進歩も後退も逃れもできない。
太陽にかざした手が、透けて赤く染まる。
「早く、終わってしまえばいいのに……」
早く、諦めてくれたらいいのに。
早く、思い出してくれたらいいのに。
早く、愛してくれたらいいのに。
――
夢幻、ループ。
「ライリ……」
記憶の中でアイツは笑う。唇を一文字に引き結んで、決して歯を見せない特徴的な笑顔で。
僕はそんなアイツの笑顔が、大好き、だった。
「ライリ」
とても。
「ライリ……!」
とても。
「ライリ!! …………ッ」
強く拳を握る。爪に何かが食い込んだ。
上手く呼吸ができない。
「僕は一体、どうしたら、いい、んだよ」
青空から目をそらし、机の上に顔を伏せた。情けないことに、視界が真っ暗になった瞬間に、落ち着いた。