僕はオトコに生まれたかった。
□僕はコタエに別れを告げた。
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驚いて振り返れば、そこに立っていたのはまぎれも無くアイツ――大和斉だった。
「……なに?」
出る限りの低い声を出した。オンナの身体から発される低い声、なんて低いうちに入らないけれど、僕の機嫌が悪いことこの上ないことを示すならばそれが一番いいと思ったから。おまけとして、眉間にしわも刻んでみる。
「なにってお前……保健室じゃなかったのかよ?」
大和斉は、ジャージのポケットから缶コーヒーを取り出して、柵に寄りかかる僕の隣に座り込んだ。
「まあ? あれだけすごいキック繰り出したヤツが、体調不良なわけねーもんな」
まだ根に持ってるらしい。
朝っぱらから、初対面のジョシ校生に鳩尾に跳び蹴りを見舞われたらば、たいていの人間は根に持つだろうが。僕だって根に持つ。
「彼氏と間違えたか?」
びくり、と無意識に僕の体が反応した。
「正解っぽいな」
違う。
彼氏と間違えたんじゃない。間違えてなんかいない。君が覚えていないだけで、僕は間違えてなんかいない。
「何してんだよ」
そう聞いてくる大和斉。
どうして答えなければならないんだ、と言おうとして、コイツが教師なんだということを思い出した。
「なあ」
無視をする。
あんなにも会いたかったのに、今は顔を見ることが辛い。
「なあ」
構うなよ。
「なあ」
僕のことなんか覚えてないんだろ。
「おい」
呼ぶな。
「おい、新里」
「呼ぶな……っ!」
その名を、呼ぶな――!
僕が呼んでほしい名前は、そんな名前じゃない。そんな、他人行儀な声で呼ばれる名前じゃない。
「俺が、嫌いか?」
嫌いなわけがないだろう。
好きだよ。
好きだ。
好きなんだ。
でも、君は僕を見ていない。
「なあ……、なんで蹴った」
責めるような声ではなかった。優しい声でもなかった。ただ、挨拶のように何気なく、意味を持たない言葉の羅列のように、大和斉は言った。
だから僕も、同じ口調で答えた。
「ナンパしてたから」
「彼氏と間違えて」
「彼氏なんかいない」
「正義感か」
「違う」
「じゃあなんだ?」
なんだ、と聞かれても、最初の答えを口にするしかない。だから、口を噤んだ。
大和斉は僕が答えなかった理由に思い当たったようで、質問を変えてくる。
「お前はナンパしてたら誰にでも蹴りを入れるのか?」
そこまで荒くれ者ではない。し、僕は本来温厚なんだ。
「そんなことしないよ」
「俺だから?」
「そうだね」
「……お前は俺のことを知ってたのか?」
大和斉という人間のことは知らないけれど、僕は君を探していた。探していたんだ。
けれどそれを言ったところで、きっと大和斉は少しも理解しないし思い出したりもしないだろう。そんな人間に、僕の想いを訴えたところで、なんになる。
僕が虚しくなるだけだ。
「ごめん」
え、と大和斉が顔を上げた。
「不意打ちで蹴ったことは謝るよ」
けれど蹴ったこと自体は、謝らない。
「……もう聞くなと?」
「プライバシー」
「そう言われちゃ、なんも言えねえけど」
そう言うと、大和斉はコーヒーを一口含んだ。