僕はオトコに生まれたかった。

□僕はイカリをぶつけた。
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「俺のこと、見えてるか?」

 君こそ、<僕>のことを見ていた?

 あのときから今まで、一度でも純粋に<僕>のことを見てくれた?

 やっぱり、君がくれた言葉は、すべて虚構だったんだ。

 今このとき、君が僕を「好きだ」なんて言いながらコイビトがいることを否定しないこのとき、あの日の約束もあの記憶もすべて嘘になった。

「……僕は、馬鹿だ」

 こんなやつを愛して、こんなやつのために死んで、こんなやつのために必死になって、こんなやつのために泣いて、裂いて、嘆いて。

「僕は、馬鹿なんだ」

 それなのにまだ、愛している。愛せている。

 そこで僕は愚かにも、安堵の息をついてしまった。

 自分の心を、再確認して、変わりないことを、確かめて、安心してしまった。

 僕は離れようとしているのに。この気持ちを殺そうとしているのに。

「ちょっと、イツ君」

「おい、返事をしてくれ」

 耳障りな声と、耳恋しい声が、交差して響く。

 恋しい。

 愛しい。

 哀しい。

「……大げさ、だよ。君は」

 今にもぐらつきそうになる足に力を入れて、そう言った。

「大げさじゃねぇだろ。今日お前、おかしいぞ」

「おかしいなんて、君に言われたく」

「茶化すな!」

 出会ってから今までで、一度も聞いたことのない声が、僕を怒鳴った。

 ビクリ、と身体が震え、無意識に瞬きが多くなる。

 大和斉もこんな真剣に怒ったりするんだな。なんて頭の片隅でそんな風に感心した。

「大和斉……」

「こんなときまで、平気なふりするんじゃねえよ」

「……ねえ、大和斉」

 僕を責める大和斉の声に、僕は僅かに冷静さを取り戻す。

「僕が平気なふりをしているとして、どうして君に言わないかわからない?」

 ふ、と微笑が漏れたのは、それはあまりにも滑稽だったから。まるで僕が道化のように思えたから。

「なんでだよ……」

「僕が君に、気を許していないからだよ」

 瞬間、妙に気持ちが落ち着いていた。

 そんな自分が不思議だった。

 それでもそれが正解な気がして、僕は抵抗をすることはなかった。

「僕は君を、信頼していない」

「お前……」

 心に新たに芽生えた感情に、少しも動揺することなく、

「せんせー! 千里ちゃーん! なにしてるのー?」

「……君こそなにしてたんだ」

 僕は岬レイコを見向きもせずに、小走りに近づいてくる和多留ゆいへと足を向ける。

 沸々と、湧き出ててきた今までにないこの感情をぶつけるように、大和斉には背を向けた。

 この感情――怒りを、隠そうともせずに。


 ――to be continued...
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