innocence/guilty
□第1章
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その日は、春も半ばだというのに肌寒くうす暗い天気だった。
落ちてきそうな曇天の空が泣き始めるには、そう時間は掛からない。
やがて世界中に冷たい雨が降り始める。
丘の上にぽつねんとたたずむ木にも分け隔てなく雨は降り注ぐ。
その木の根元で、少女は怯えていた。
元は明るいオレンジ色だったのであろう髪の毛は泥と血にまみれ元の色を失い、ところどころ固まりもつれている。
豊かな大地を思わせる金茶色の眼差しは怯えたように見開かれ、ここではないどこかを一心に見つめ揺らいでいた。
少女は憔悴しきっていた。
なぜかは分からないが、ひどく体が重かった。
寒さがしんしんと体中に滲み込んでくるようで、申し訳程度に体を覆っていた布をかきよせる。
自分はなぜここに居るのだろう? どこから来たのだろう?
少女はからっぽだった。
記憶を失い、有るものといえば体の奥底から湧き上がってくるような恐怖だけ。
シトシトと降り続く雨がむきだしの肩にもあたり、震える体を抱え込むようにギュッと丸くなる。
少しだけ……眠ろう。そうしたらまた、何かが始まるかもしれないから
ふと誰かに呼ばれたような気がして少女はかすかにみじろぐ。
否、自分を呼ぶ者など誰もいない。いるはずが無いのだ。
淡い希望を必死にうちけし、少女は再び膝に顔をうずめた。
雨はまだ降り止みそうにない。
永遠に変わらないかと思われたその世界の中、一つの影が丘のふもとに現われ、木を目指し登って来る。
影は老人だった。顔に刻んだ皺は深かったが、丘を登る足取りは意外にもしっかりしたもので、ゆっくりと着実に歩みを進めてゆく。
ついに丘を登りきった老人は、木の根元でうずくまる少女を見つけると一瞬驚き、身を引いた。
しかし少女が気を失っていることを知ると、一つ二つまじないの言葉を呟き、スッと冷え切った身体を抱き上げる。
しばらくその顔を見つめていた老人は、まじないではなく、普通の言葉を掛けてはみるのだが……やはり反応はなかった。
やがて丘を下り始め、腕の中の小さなぬくもりに話しかける。
「これからお前さんは、目一杯しあわせにならなければ、いけないようじゃの……」
雨は未だ降り続いていた。
少女の眼からも一筋の雨が流れ落ちる。
記憶の奥底にある、暖かいものにもう一度触れられたような気がして――