短文

□ひねくれ師匠と偽りの恋人
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 ピンクの世界がぐるぐる回る。

 夢のような光景の中を、少女はどこかへ向かって一直線に飛んでいた。
 どうしてこんなことになったのだろうかとボンヤリする頭で考える。
 確か……そうだ、学校の帰り道で変な道を見つけたのだ。
 住宅街のなんの変哲もないただの路地裏。
 普段なら気も止めないような場所で足を止めたのは、奥からひどく美しい歌声が聴こえてきたからだった。
 引き寄せられるように道に入った少女はいきなり足元を失った。胃が浮き上がるような感覚にようやく落ちたのだと理解する。
 そして気がつけばこのピンク色の世界で絶賛落下中というわけだ。
 落下とは言ったが、落ちていると言うよりかは引き寄せられているような気がした。
 どこへ?
「うわああああ!?」
 その事を考えた瞬間、稲妻のような恐怖が少女を襲った。
 落ちているのか昇っているのか分からないが体感スピードはかなりのものだ。もしこのままどこかへ激突したのなら確実に命はないだろう。
「誰か助けてぇぇぇぇ!!!」
 ドシャッ
「へぶっ」
 恐怖を覚えるのとほぼ同時に、どこかにぐしゃっと叩きつけられる。
 女子高生らしからぬ悲鳴をあげた少女はしばらく突っ伏していた。死んだ、のだろうか。
「………………」
 そのまま一分ほど動かず、ギュッと目をつむったまま身動きを止める。
 目の前の壁はおそらく地面だ。ザラザラとしていて柔らく、ところどころゴツゴツしている。
 チチチと言う声は鳥だろうか、慌てて飛び立つような羽音が聞こえた。
(森?)
 10回くらい深呼吸して、どうやら息が止まっていないことを確認する。
 初めて嗅ぐ緑の匂いが胸いっぱいに広がった。
 そしてようやく目をうっすらと開ける。
 輝くばかりの森がそこに広がっていた。
「うっそぉ……」
 どうやら身体に大きな異常はないようなので上半身を起こす。
 落ちた時に鼻をうったようだがそれ以外は大きな痛みはない。
 あの速度で落ちたのに奇跡としか言いようがなかった。
 しばらく少女はボーゼンと座り込んでいた。
 見たところ森は平和そのものだ。
 柔らかな木漏れ日が爽やかな風で揺れ、少女の髪をそよそよとなびかせる。
「あ、ありえない。こんなのありえないよ」
 誰もいない森の中で独り言をつぶやく。
 たとえ自分の声でもいいから人の声を聞きたかった。
 それほどまでにこの森は人の気配がしなかったのだ。
 ザザザザ……ザザ
 少し強い風が吹いて、葉擦れの音がざわめく。
 ごくごく平凡なよくある市街地に暮らしていた少女にとって、森の中は異世界に等しかった。
 いや、そもそもここは日本なのだろうか?
 ずいぶん濃くて色が深い。
 例えるなら以前テレビでみた北欧の深い森に雰囲気が近い気がする。
「って、ことは、もしかしてもしかしたらオオカミとかクマとか居たりして」
 凶暴な獣に襲われる図、もしくは空腹で倒れている自分の未来が見えたような気がして少女は身震いをする。
「だ、大丈夫、いまのところ大型の獣がいる気配はないし、歩き続けてればきっとどこかに出られるはず。きっと数時間後には家に帰って夕飯の支度をしてるハズ。ミィ子も待ってるし早く帰らなきゃ」
 にじむ涙を制服の袖で乱暴にこすり、少女は歩き出した。
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