短文

□真・外道戦記
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「……えっ?」
 高く澄んだ金属音が響き、きつく瞑っていた目を開けるとそこには
「お主らこんなところで何をしているっ! 早々に立ち去れ!」
 長い黒髪を後ろでチョンマゲにした男がいた。その手にした刀でドラゴンの牙をグググと受け止めている。おぉ、もしや!
「あなたは――」
「ブラインドラゴンは視力が弱い。風下に回り込み逃げるがいい!!」
 そうカッコよく言った男の背中に向かって、私は叫んだ。
「誰が逃げるかよ! オッさん、アンタ剣士の上位職業(ジョブ)『サムライ』だな?」
「な、誰がオッさん……いやそれより、こんな時に何を言い出すのだ!」
「いいか? 今からお前と私たちは仲間だ! 私たちはサポートに回る。ほら来たぞ!」
 グオオオン!!
「くっ――」
 次なる攻撃を防ぐべく、男はこちらとの会話を中断する。
 ガキンッ キンッ
「あ、あれ? どうして私たちには攻撃してこないですか?」
「海から上がったばかりの私たちより、あのオッさんの方が臭いが強いんだろう。言ってただろ? あのドラゴン目が見えないんだよ。汗かいたヤツがきたら、そりゃそっちに気を取られるって」
「ふぇ〜、とりあえず死ななくて済みましたねぇ」
 ホッと胸をなでおろしたロミは、自分の冒険者カードを横にスライドさせてオッサンの情報を表示させた。
「すごいですあの人、レベルが72もあるですよ」
「さすがここで鍛錬してるだけはあるよな」
 そのすごいオッサンは、敵とのキョリを取ると荒い息をつきながらこちらへと話しかけてきた。
「ハぁ、ハァ……そこの魔術師どの、すまぬが治癒魔法を頼めぬだろうか?」
「え? あ、わ、私ですか? わかりましたっ。いきます!」
 指名されたロミは、背中にくくりつけられたクレセントロッド(初期装備)をビシッと構える。
『大地にあまねく精霊の息吹よ、今ここにその恩恵をここにもたらさんが為に我は願う! ヒーリング!』
 しゃらりら〜ん、なんて音と共に、オッサンの身体を緑の光がらせん状に包む。

 ――シグレは50回復した!

「ご、50ぅ!? ほとんど回復していないではないかっ!」
「バカ言えっ、50回復ってのは私達にとってすっげーデカイんだぞ! なんたって上限HPが45だからな! 参ったか!」
「なぜ偉そうなのだ! ええい、このっ!!」
 ザッ
 トドメの一撃がドラゴンの眉間に決まり、大きな音をたてて巨体が緑の草原に沈む。
「おお、ホントに倒しちまった。強いんだなお前! シグレっていうのか」
「おぬしらはいったい……!!」
 オッサンが詰め寄ろうとした、その時だった。

 ――ピコーンピコーンピコーンピコーンピコーンピコーン

「……何の音だ?」
 どこからか軽快な音楽と共にシステム音がなりひびく。同時に私とロミの身体がめまぐるしく光り出した。
「わっ!? レベルがすごい勢いで上がっていくですよ!」
「わはは! そりゃそうだろう。『私たちの仲間』のシグレが80レベルのドラゴンを倒してくれたんだからな。これぞ他人のふんどしで相撲をとるぜ大作戦!」
「その作戦名はともかく、なるほどこれを狙ってたですかぁー」

 ――ピコーン! ロゼは66レベルが上がった! ロミは67レベルが上がった!

 よし、目的は果たしたな!
「それじゃあそろそろ夕飯の時間だし帰るか」
「そうですねぇ〜」
「今日の夕飯なんだろな〜」「お母さんがさっき山の主をしとめてたですよー」「マジでか!」なんて会話を交わしていると、オッサンが慌てて私たちを引き止めた。
「待て待て待て! 本当に何なのだお主らは!? そのような貧弱な体でこのような地に来られるはずが無かろう! いったいどこから現われたというのだ!」
 ビュウウゥゥ……
 風が草原を渡る。私は一字一句、区切るように聞き返した。
「おいオッサン。今、なんつった」
「は?」
 グァッ!
「だ・れ・が! 貧弱な体だァァァ!! そりゃ確かに私はロミよりスレンダーだがなぁ! 格闘家に贅肉は厳禁なんだーーッッ!! くらえっ唯我独噂滅殺乱舞っ!」
 ドガガガガガガッ!!
 覚えたての技を情け容赦なく叩き込んでいく。わは、わはは! なんだこれおもしれーっ!
「ち、違……誤解だ! やめろ!」
「ひゃっははははは!」
 ドガァっ!! ぼとっ
 トドメのアッパーカットが決まり、空を飛ぶおっさん。ガッツポーズを決める私。

 ――ピコーン

「勝ったァ!」
 ……ハッ!?
「うわっ、私、今なんかすっごい悪役っぽくなかった!?」
 やっべぇ、なんかこう……テンションあがっちまった。なんだこの有り余る力は。
 見守っていたロミが呆れたようにこう言った。
「お姉ちゃん、貧弱ってのはLvの事だったんじゃないですかぁ? 助けてくれたのにかわいそうですよぅ。えいっ、ガイアヒーリング」
「え、あれ? そうなの? あはは、悪ぃ、ちょっとした言葉のアヤってヤツだ。うん。あー、それにしても、えーと、  そう! 無詠唱魔法を使うとはやるな、ロミ」
「え? わわ、言われて見るとそうです。ふぁぁ、レベルが上がるとこんなことも出来るようになるんですね」
「よし」
 ……上手くごまかせたな。
「そんじゃ今度こそ帰るか」
 パッパと手の汚れを払った私は、いまだ地に倒れるオッサンに向かって呼びかけた。
「じゃあな〜シグレぇ。次は正式な仲間として迎えに来るからよぉっ」
「シグレさーん、ありがとうございましたー」
 だがしかし、彼は地に伏したまま何かをブツブツ呟くだけだった。
「夢だ……これは夢なのだ。拙者があのような小娘に負けるなど……ぐすっ」

***

 ホー ホー
 結局、私たちが家に帰れたのはフクロウが鳴きだす時間帯になってからだった。おぉ、懐かしの我が家よ、今かえったぞ。
「たっだいまー母さん、ご飯なに?」
「ただいま帰りましたー」
 我らが偉大なる母上殿は、かまどの鍋をグルグルとかき回しながら振り返った。 
「あぁ、おかえり。驚きなさい! 今日の夕飯はついにしとめた山イノシシの味噌煮込み――」
 そこまで言って、あんぐりと口を開く。
「どうしたのよ、その死ぬほど経験地を積んだようなオーラは? ろ、68Lv!? バグじゃないでしょうね!?」
 あー、やっぱりそう来ますか。
「こ、これはですね……お姉ちゃんどう説明つけるですかっ」
 焦ったようなロミが私の袖を引っ張りながら小声で言う。
「あ。あー、これは……なんていうか」
 どうする? ヘタなこと言ってゲンコ食らわされたら……おいおい、ラストフィールドで死ななかったのにここで死んでしまうとは、おぉロゼよ、情けない じゃなくてだな!
「そう! 修行の成果!」
 苦し紛れでいったその言葉に、ロミが呆れたように呟く。
「修行……ですか」
「んだよ、事実だろうが。ロミよ、氷のように冷たい海をおぼれそうになりながら渡ったあの記憶を忘れたか!?」
「浅いし、割と暖かかったですよ!?」
 だが、かーちゃんは目を輝かせてお玉を握り締めた。
「まぁいいわ。とにかくこうしちゃ居られないわ! 明日にでもサクッと魔王たおしてらっしゃい!」
「え、えぇぇ!?」
「良いのか!?」
 だってだって、今まであんなに旅に出ることを反対してたのに!
「そりゃホントだったら私だってかわいい娘たちをそんな危険な旅路に出したくはないわ。でも、でもよ! 世の中で困ってる人がいるのなら、助けてあげるのが世の情けってものなのよ!」
「人畜無害の魔王なんて誰も困ってないじゃないですか!」
 ロミのツッコミも虚しく、なにやら芝居がかったかーちゃんは大げさに両手を広げる。
「さぁ行くのよ500万ゴールドっ……じゃなくて娘たち!!」
「いいい今あきらかに500万ゴールドって言いかけたですよね!? 結局は報奨金目当てじゃないですかぁ〜っ!」
 私はその怒りに震える肩に手を置き、こちらを向かせた。
「報奨金だろうが何だろうが良いじゃないか。喜べロミ! ついに大手を振って旅に出れるんだぞ? 行こうぜ魔王退治!」
 あわあわと口を開いていたロミは、ハッとしたように叫んだ。
「私は、私は! ただ平穏な日々を送りたいだけなんですぅーっ!!」
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