短文

□真・外道戦記
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 これからおはなしするのは、魔物や魔法がごくごく当たり前に存在する、今とはちょっとだけ違う世界のお話です。
 その世界の一角には、争いもなければ貧困もない――というワケでもありませんが、それなりには平和に暮らしていける大陸がありました。
 物語りはそんな世界の片隅にある。平凡なカボチャ畑から始まります……

***

「天は唸り、地は裂け、禍々しい風が吹く……作物は枯れ果て農民は疲弊するばかり。そう、魔王は着実に私たちを侵食してきているのだ……かぁ」
 目の前の紙ばかりに集中していた私は、いきなり横から声をかけられて飛び上がるほど驚いた。
「何見てるですか? お姉ちゃん」
「うわっ!? おい、いきなり声かけるなよロミ。ビックリするじゃないか!」
 跳ね上がる心臓を押さえながらそちらを振り向くと、鏡に映ったようにそっくりな顔がそこにはあった。そいつは口を少しだけ尖らせて反論する。
「畑仕事をサボって紙きれなんか見てる人に言われたくないですぅ」
「うぐっ……。お、お前なー、このロゼ様の双子の妹なら、もっと柔軟な頭になったらどうなんだ?」
 痛いところを突かれ、旗色が悪くなった私は話をそらすように立ち上がり、目の前に広がる広大な畑に向かって両手を広げる。
「見ろ、この見渡すばかりのかぼちゃ畑を。私たちが手入れするまでもなくもっさり栄えてるじゃないか。こりゃー今年も豊作間違いなしだな。畑仕事する必要なし! まったくなし!」
「だからと言ってサボってるのをお母さんに見つかったらフクロ叩きじゃ済まないですよ」
「い〜んだよ、バレなきゃあ」
 なんだか急にアホらしくなり、全身の力を抜いて草原に後ろから倒れこむ。

 私の名前はロゼ。平穏な世の片隅にすむ平凡な人間だ。
 年老いた母さんと、双子の妹・ロミとつつましく暮らしている。あー、父さんは2年前に病気で死んだけど、特に生活に支障はないかな。信じられないくらいこの国は豊かで平和なんだから。

「だああぁ、何が悲しくてしがない農民なんかしなきゃなんないのかなー」
「そりゃあ、世の中が平和だからですぅ。幸せなことじゃないですか」
 まっとうな真人間であるロミは、どこか諭すようにフフンと得意気な表情をする。んにゃろ〜
「私はなー! こう……バシッとカッコよくキメて、カラッと生きたいんだ!」
「だからこんな物をみてたんですか?」
 ロミは先ほどまで私が見ていた紙切れを拾い上げ、淡々と読み始める。
「『諸悪の根源・魔王を倒す勇者は君だ! 報奨金500万ゴールド』よくもまぁ国王はこんな企画を思いつくものですね。世の中はこんなにも平穏だって言うのに。魔王のマの字も聞こえてこないじゃないですか」
 まぁ、それは確かに。
「降臨したって言われて5年たつけど、何のアクションも起こさないもんな、魔王さんは。オーサマもよくこんなイベント思いつくもんだぜ。この報奨金ってのも税金だろ?」
 得意な表情を崩さずに、双子であるはずの妹は私には理解できないご高説を垂れて下さる。
「いつの世だって国のトップと言うものは『悪役』を作りたがるですよ」
「うぅ、まーたそう小難しい方向に持っていこうとする……とにかくだ! せっかくお前は魔術師! そして私は格闘家として育てられたのにこんなところで燻ぶってて良いのか! いや良い訳がないと私は思うのだよロミくん!」
「反語まで用いて力説するのは構わないですけど、Lv1の私たちじゃどう足掻いたって魔王さんには勝てないですよ? 所詮はお父さんにお酒の席で教えられた趣味レベルにすぎないんですから」
 怪し気な通信講座「ジョブ入門」を片手に、私たちに指導してくれた親父の姿を思い出す。まぁ……確かにひどく酔っ払っていたような気はするが。
「いいんだよ、過程がどうであれ肩書きはそうなんだから。しかし、たしかにレベルが低いってのはちと情けないよな。Lv1の勇者に倒されたんじゃ魔王も形無しっちゃあ形無しか……」
「でしょう? 心配しなくてもその内どこかの勇者サマが魔王なんて退治してくれるですよ。さぁ今日中に畑の草取りを終えてしまわないと――」
 その瞬間、私は『天啓』を受けたかのようにビビビとひらめいてしまった。
「ひらめいたー!! 泳ぐぞロミッ」
「は、はいぃぃ!? なんでっ!?」
「文句を言わずにお姉さんについてきなさーい」
 そうだ、これだ。これしかない。
 意気揚々と、ロミの襟元を掴んで歩き出した私は、とにかく上機嫌だった。いやぁ〜こんな作戦を考えついてしまうだなんて、やっぱり私は天才だな!
「いやああ、まだ仕事残ってるのにぃぃい!離して〜、またろくでもない事考えているんでしょ〜、お姉ちゃんのバカ、アホ、にゃぁぁぁ〜!」

***

「で、なんで家の裏手に連れて来たですかぁー……」
 不機嫌MAXのロミは、私から数メートル離れた場所でブスッとしながら座り込んでいた。ンだよノリわりぃーなぁ。
「ほら、私達がいるこのウー大陸ってさ、ちょうどアルファベットのCを裏返したようなつくりになってるだろ?」
「それがどうかしたですか」
 そこらへんで拾った枝で、地面に大陸地図を書いてみる。ちょうど自分たちがいるはずの箇所をグルリと囲んでから続ける。
「で、ウチの家が左下の先っぽの位置にあって、魔王の城は海を挟んだ左上の先っぽの位置にある」
「ここからうっすらだけど、対岸にお城が見えるですからねー」
 多少興味が出てきたようで、ロミがほんの少しだけ身を乗り出してくる。しめしめ
「でだ。本来ならこう……グルッと円を描くように回りこんで行くべきだ」
「正規ルートと呼ばれる道ですよね」
「だが聞いて驚け、私たちは海を渡ってショートカットするぞ!」
 海を突っ切るように線をビュッと引いた私はニヤリと笑う。道がないなら泳ぐまでだ!
「え えぇぇえぇっ!?」
 ジャバザバという音を立てながら海に突入していく私たち。
「だっ、ダメですよぉー! 向こうの土地はザコ敵でも強いんだからっ 殺られてしまうですっ!」
「だから行くんだって。 ほら自力で泳げって」
「うわぁ〜ん お母さーん!」

***

 波間に揺られること数十分。最初は文句をブチブチ言っていたロミも、ここまで来ると泣き出しそうな声になっていた。
「うぅ、もういい加減引き返さないと本当についてしまうですよ」
「もーちょっとだけがんばれって」
「まったく! いったい何を企んでるですか?」
「ほーら岸が見えてきた」
「ちょっとは人の話を聞いたらどうなんですかっ!! あぁっ」
 ザパぁッ、と水からあがった私は犬のように頭を振って水気を飛ばした。
「さー着いた着いた。えーと現在地は〜っと――おお、ここがいわゆる『ラスボス直前のフィールド』ってとこなのか。さすがに空気が違うなー心なしか空まで黒いような気がするぜ!」
 禍々しい空を観光気分で見上げていると、背後でドサッとロミがひざをついた。
「も、もうダメです……野生の敵とエンカウントした時点でジ・エンド。気がついたら家に戻されて所持アイテムを失ってたり習得魔法を忘れてたり、挙句の果てには所持金が半分になってたりするんだわ! お、お母さんに殺される」
「なんとかなるなる。元気だせよ」
「出るわけないですバカねぇー!!」
 その時、一瞬地面がグラついたような気がした。同時にグルルル……という変な音、も?
「お、おねえちゃん……うしろ」
 顔を引きつらせるロミが指すのは私。ではなく、その少し後ろだった。
 グオオオオオン!!!
「うわぁーっ!?」
「いやぁ――!! どどっどどどど……ドラゴンですぅ!!」
 見上げるほどの巨体。黒々とぬめり光る身体のそいつは、赤い翼を威嚇するように広げた。ぶわさァっと風が私たちの髪を揺らす。
「マジか! くそー、まだそれっぽいヤツを見つけてないんだが……」
「ブツブツ言ってないで逃げるですっ!!」
 必死にこちらの袖をひっぱるロミだったが、それより早くドラゴンが襲い掛かってくる。
 ガァッ!
「うわやばっ」
「きゃああ!!」

 ――キィン!
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