短文

□よわむし錬金術師とフォエニクスの書
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 ウィズ様と言えば、この街で知らない人は居ないほどの有名人だ。魔導師でありながら高名な錬金術師でもあり、世の中のためになるような研究をして、多くの人を救う薬を開発した偉大な方。
 二年前に惜しまれながらも亡くなってしまったけれど、彼に憧れて魔学の道に入る人も多いと言う。
「ほ、本物?」
 その中の一人である私は感激して思わず飛び跳ねる。この街に住んでた事は知ってたけど、ここだったなんて!
「ハッ、くっだらねぇ」
「な――」
 吐き捨てるような言葉に振り返ると、サクラくんは耳なんかほじってそっぽを向いていた。
「な〜にが大魔導師ウィズダム様だよ、魔法ってのはハデな攻撃ブッぱなしてこそのロマンだろうが。こんなところでコソコソ研究してたヤツのレシピなんか、効くのか?」
「きっ、効くに決まってるよ! ウィズ様が書いたレシピだもん!」
「あぁ?」
「ひっ……」
 にらまれて縮こまる。こ、こわいよう……
 しばらく黙っていたサクラくんは、突然こんなことを言い出した。
「なら賭けるか?」
「え?」
 ビックリして顔をあげると、彼は水色の瞳を細め、射抜くような視線をこちらに向けていた。
「妙な話だが、主人が死んだはずのここのアトリエは生きているらしい」
 確かに、このアトリエは綺麗に整頓されていて、すぐにでも実験ができる状態だった。まるでつい先ほどまでウィズ様が実験でもしていたよう……
「その『願いが叶う薬』とやらが効くかどうか、試してみようぜ」
「ど、どうやって? どこかにストックでもあるの?」
 いつのまにかそこらの箱に腰掛けていた彼は、長い足を組みながら見下すような視線を投げてよこした。
「お前が作るんだよ」
「え、えええ!?」
 意外な展開に首をブンブンと振る。
「むりむりむりっ! 私なんかが作れるわけないよ!」
 自慢じゃないけど、私の学校の成績は下から数えた方が早くて、とてもじゃないけどウィズ様の遺したレシピなんて作れるはずもなかった。
 焦った私は言い訳のように早口で続ける。
「ほ、ほら、それにこれ開発途中の薬だったかもしれないし」
「ふぅん、やる前から諦めるってか」
 タッと箱から飛び降りたサクラくんは、私の横を通り過ぎざまに吐き捨てる。
「やっぱりお前はダメロカだな」
「っ……」
「腰抜け、泣き虫、あぁ、今日から嘘つきも追加か」
 笑いながら彼がアトリエを出て行こうとする瞬間、気づけば私は叫んでいた。
「や……やる!」
 足が震えて声もかすれたけど、それでも必死に振り向いた。
「やるもん! 絶対、ぜったいこの薬は本物だから!」
「決まりだな」
 指をパチンと鳴らしたサクラくんは目を細めて鮮やかに微笑んだ。あれ、もしかして私、上手く乗せられた?
「魔法の薬が本物なら、もうお前をいじめないでやる」
「も、もし効かなかったら……?」
 おそるおそる聞くと、ニタリと笑った彼は世にも恐ろしい罰ゲームを提案した。
「『私は豚です』とでも札つけて、オレの後ろを四つん這いで歩いて貰おうか」
「ひっ……」
 いや違う。これは強要だ。提案っていうのは拒否権があるものだから。
 襟元をガッと掴まれた私は、ズルズルと引きずられながら青くなって訴えた。
「ねぇ! ねぇ、まってよ、やっぱりやめよう!」
「さぁー、材料集めに行くぞ、感謝しろよこのオレが手伝ってやるんだからな」
「いやああああ!!」
 こうして、私とサクラくんの、願いを叶えるための恐怖の薬づくりが始まったのだった。


「しかしお前、なんでンなトロくさいわけ? 逆に感心するぞ」
「うう……」
 木の枝に引っかかった私は、逆さまの世界のまま呟いた。
「好きで鈍くさいワケじゃないよぅ」
 ここは街からちょっとだけ離れたエンジュの森の中。一つ目の材料、妖精の光粉を集めようと私たちは朝早くから来ていたのだ。
 だけど、イタズラ好きな妖精たちの仕業で、私だけが木の上に引っ掛けられてしまったというわけ。
「サイス!」
 ヒュッ
「ッ――」
 サクラくんの放った風魔法が鼻先スレスレをかすめ、私が引っかかっていた枝がスパッと切断される。
「わ、わ、わ!」
 とうぜん自由落下が始まり、ブザマに茂みに落下してしまった。
「受身くらいとれよ、だっせぇ」
 あちこちスリむいた痛みでちょっぴり涙目になりながら立ち上がる。
「ご、ごめんね」
「ったく、あのハエどもに逃げられたじゃねーか」
 妖精たちが飛び去った方向を見上げながらサクラくんが呟く。私はその横顔を見ながら警戒していた。
「あ、あの……」
「あ?」
「どうして、協力してくれるの?」
 油断なく身構えながらそう訊ねる。だって、サクラくんと言えば率先して私をいじめてたような人だ。すぐ蹴るし、実技で失敗した私を指さして笑うし、たくさんの取り巻きに囲まれていつも偉そうにしている。そんなイメージしかなかった。だから今回のことだって、きっと何かをたくらんでるに決まってるんだ!
「決まってんだろ」
「え」
 当たり前のことを言うように、彼はしれっと答えた。
「お前で遊ぶのが楽しいからだ」
「くぇっ」
 首の辺りをドスッと突かれ、変な声が出てしまう。
「やっぱりサクラくんはサクラくんだ……」
「何か言ったかミジンコ」
「いいえ何も……」
 材料集めを手伝ってくれるのは助かるけど、やっぱり怖いよ、絶対怒らせないようにしなきゃ。
 内心ビクビクしながらついて行くと、彼はふと足を止めた。
「あそこだ」
 指差す先を見上げると、妖精たちが仲良く木の上で笑い転げていた。まだこっちには気づいていないようで、背中を向けている。
「さっきは逃げられたが、こんどはそういかない。妖精の丸焼きにしてやる」
 ニヤリと笑った彼は、軽く構えた右の手に炎をちらつかせる。
 ふしぎなことに、サクラくんは不良のくせに学校の成績は抜群に良かった。神様って不公平……
「って、ダメだよ!」
「んなっ!?」
 今にも火球弾を放とうとした右手を、バッと抑え込んで止める。狙いを外れた炎はあらぬ方向に飛んでいった。
「なにしやがる!」
「い、いくらなんでも焼き殺しちゃうなんてひどい! 妖精だって生きてるんだから!」
「ほう、このオレを諌めるたぁ、いい度胸じゃねーか」
 ハッと気づいた私は後ずさる。とっさの事とは言え、歯向かっちゃった!
「うわあああん違うんです違うんです! やめてええ!」
「ハハハハ! お前ってほんっと虐めたくなるツラしてるわ」
 グリグリと背中を踏まれていた時だった。ふいに何かが燃えるような臭いがツンとただよってくる。
「!」
 ハッと視線をあげると、さきほどサクラくんが放った火球弾が別の木に移っていたのか、辺りが燃え始めていた。
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