短文
□よわむし錬金術師とフォエニクスの書
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ここは豊かな緑に囲まれたヘンドリッド王国。
偉大なる錬金術師クレメンスが生まれたこの国には、彼のようになるべくたくさんの錬金術師の卵たちがアカデミーで日夜勉学に打ち込んでいます。
今回のモノガタリは、そんなアカデミーの落ちこぼれの女のコが主人公です。
名前をロカ。授業を終え、アカデミーを出た彼女はなぜか全力疾走で街の通りを駆けていました・・・
***
すぐ近くを通り過ぎる足音を聞いて、私は体をギュッと壁に押し付けた。
「ちっくしょう、あいつどこいったんだ!」
「遠くには行ってないはずだぞ、探せっ」
バタバタと去って行ったのを確信してから、ホーッと身体の力を抜く。
「うっ……」
途端に涙があふれて出てくる。それを必死でぬぐってうつむいていると肩までの茶色い髪がパサリと顔にかかった。
しばらくすすり泣いていていると、それは突然落ちてきた。
チリン
澄んだ音と共に落ちてきた物を拾い上げ、首を傾げる。
「……鍵?」
それは金色の美しい鍵で、手のひらくらいもある大きなものだった。誰かのおとしもの?
隠れていた側溝からひょこっと顔を出した私は、新鮮な空気を感じながら辺りを見回した。
あれ、夢中で逃げてたから気づかなかったけど、ここってエラい学者さんたちが集まる地区じゃなかったかな。街の確か――西地区だったはずだ。
いじめっ子たちが戻ってこないのを確認してから、すばやく道に戻る。それから辺りをキョロキョロと見回した。誰のおとしものかは分からないけど返してあげないと。
ところが夕暮れ時と言うこともあってか、通りはひっそりとしていて人の影なんてどこにもなかった。
鍵を胸の前で握りしめながら、私は歩き出す。すると、ある家の前で足が止まった。
「この紋章……」
袋小路に埋もれるように立っているその家の扉には、一枚の古いレリーフが取り付けてあった。燃え盛る火の鳥、フォエニクスだ。
ふと握りしめていた鍵を見ると、扉とまったく一緒の模様が彫り込まれていることに気がついた。もしかしてこれって、この家の鍵?
おそるおそるその扉をノックしてみるのだけど、一向に反応が無い。どうしよう、このまま扉にぶら下げて帰るって言うのは……さすがにまずいよね。
ガチャリ
少し迷ったけれど、カギを回して扉を開ける。中に置いておけば気づいてくれると思ったのだ。
おじゃましまーす、と小さく呟きながら中に入った私は、そこにあった光景に思わず釘付けになる。
「わぁっ」
窓からの夕陽を反射するガラス器具、琥珀色の液体が入ったフラスコ、キラキラと輝く水晶球。束ねられて壁にかけられた薬草たち。そこにはところせましと、調合機材が散らばっていた。
「錬金術師のアトリエ……?」
人の家だと言うことも忘れ、さらに奥へと進んで行った私は、大きな机の上に置かれた赤い本を見つけた。好奇心に負けてつい手にとってしまう。すると――
ヒュゥン!
「わっ!?」
突然中から光が吹き出す。思わず手放してしまうのだけど、すぐにその現象は収まった。
「……?」
おそるおそる拾って、パラパラとめくる。それは錬金術師の秘密のレシピ本だった。
「すごい、こんなに細かく書かれてる」
学校じゃまだ習わないような高度な研究に、私は興奮していった。そしてあるページで手が止まる。
――願いの叶う魔法の薬
タイトルに惹かれ、細かな字でびっしりと書かれた文字を追って行く。
「願いが叶う……そんな薬があるなら、私も苛められずにすむのかなぁ」
私の願い。アタマが良くなって、勇気が湧いて、みんなにバカにされなくなればいいのに。
ボンヤリとしていた私は、近づいてくるその気配に気づくことができなかった。
「ロカぁぁぁ?」
「ひっ!?」
後ろからポンと肩を叩かれ、私は思わず振り返りかけて――
「きゃっ」
足がもつれて転んでしまった。視線を上げた瞬間、そこに立っていた人物の正体に気づき、小刻みに震え出してしまう。
「さっ、さささ、サクラくん……?」
つい先ほどまで私を追いかけていたいじめっ子のボスは、その特徴的な桜色の髪をなびかせてニヤニヤと笑っていた。彼はごく自然な動作でこちらの足をガッと蹴る。
「あぅ」
「ようロカ、どこかの人様の家に侵入してドロボウごっこか?」
「や、やめ」
「悪いやつだなぁ? 通報したらきっと退学だろうなぁ? 故郷に帰ってママに泣きついてみるか?」
「う、うぅ」
レシピを頭にかざして縮こまると、サクラくんはそれに興味を示したらしく、眉をひそめた。
「? なんだその本」
バッ
「あっ」
いとも簡単に奪われてしまう。パラパラとページをめくっていた彼は、鼻をならすとこちらに投げて返した。
「チッ、エロ本でも見つけたら褒めてやろうと思ったのに、インチキじじいのレシピ本かよ」
「インチキ……じじい?」
誰のことを言ってるんだか分からなくてポカンとしていると、呆れたような声で答えが返ってきた。
「なんだお前、知らずに入ったのか。ここはウィズダムのアトリエだよ」
「えっ?」
慌てて本をひっくり返してみると、裏表紙のところに小さく『ウィズダム・ローレンクロイツ』と、書いてあった。
「こっ、これ! 大魔導師ウィズ様のレシピ本!」