短文
□聖母イリスの話
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イリスは幸せな女の子だった。
陽に透けるとキラキラと光る金髪、いつも夢見ているように輝く藍色の瞳。
優しい母と、厳格な父に育てられ、誰からも愛される優しい子だった。
誰もが彼女を好きになった。美しく優しいイリスは、どこへ行っても笑顔に囲まれていた。
イリスは幸せな女の子だった。16の誕生日を迎える今日までは。
その日の朝は、いつものように朝を迎えられたことを神に感謝することから始まった。
「神さま、今日という日をありがとうございます、私16歳になりました」
朝の手伝いを終えたイリスは、自分の誕生日ケーキに飾るキイチゴを探しに森へ出かけることにした。
「おはようイリスちゃん、お誕生日おめでとう」
「おめでとう! 良かったらこのリンゴもっておいき」
街中であちこちから声をかけられ、笑顔で手を振りながらも、イリスは森へと向かった。
キイチゴ摘みは実に順調にはかどった。
昼前には手にした籠がいっぱいになっていて、そろそろ戻ろうとエプロンの裾を払う。
「あら、何かしら?」
ふとその時、もりの木立の向こうで何かが動いたような気がした。その動きは奇妙なもので、逃げるように向こうへと行ってしまった。
「ウサギが怪我でもしているのかしら…」
心優しいイリスは、キイチゴをつんだ籠をその場に置いて後を追った。
そうして枝をかきわけて、木々の向こうへ足を踏み入れる。
その瞬間、彼女は幸せな女の子ではなくなってしまった。
「やぁ、ちょうどいいところにお誂えむきの子が来たじゃないか。これを人は運命って呼ぶのかな?」
「あ、あなたは?」
そこに居たのは、まさに光り輝くという表現がピッタリな少年だった。
天使のような顔立ちはどこか中性的で、この世にこんなに美しいものがあるのかと目を疑うようだった。
「ぼく? うふふ…ぼくはねぇ、この世界のカミサマだよ」
「神…様?」
「それじゃあ早速はじめようか、い…り…、ふぅん、イリスっていうのか」
ひらりと木の枝に飛び移った少年は、にっこりと笑顔を浮かべて何かに合図を送るように手を振る。
「今からきみは聖母になるんだ、このぼくに選ばれたんだから光栄だと思っていいよ」
「ひっ…」
その合図で、木の後ろから出てきた存在にイリスは思わずすくみ上がった。
気味の悪い紫色の不恰好なその生き物の身体からは、無数の触手が伸びていて、すぐさまイリスの腰に巻きつく。そして抵抗する間もなく彼女を吊り上げた。
「きゃああああ!!!」
「安心してよ、すっごくキモチイイから。文字通り昇天しちゃうかもね」
そして、地獄のような数時間が始まった。