ミカン箱

□ありがちトリップ物
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「ありえない」
「ホントもう、ありえない」
あ、突然なんなんだって思ったかもしれない。
でも床に手足を着いて、いわゆる「挫折のポーズ」をしてしまうのも仕方のないことだと許して欲しい。
なぜなら私はちょいとばかし……いや、かなり特殊な状況に追い込まれているのだから。
「ちくしょーなんだってこんなことになったんだよ。お前だれだ」
目の前で私と同じように挫折のポーズをしていた男が顔をあげる。
「そのままそっくり同じ言葉を返したいんですけど」
そう言って改めて部屋の中を見回してみる。
ファンタジー映画に出てきそうな部屋だ。壁には怪しげな薬草の束が吊り下げられ、かまどにはグツグツと煮え立つ得体の知れない液が音を立てている。
そして何より、床には狭い部屋めいっぱいに描かれた魔方陣が――そう、ついさきほど私が吐き出された魔方陣が仰々しいほどに光輝いていた。
「オレはお前みたいなのを召還した覚えはない!!」
「こっちだってされたくて来たんじゃないけど!」
叫ぶように言い返して、こうなってしまった経緯を思い起こす。
あの時、タイムセールに釣られなければこんなことには……

***

それは学校から猛ダッシュで家に帰り、制服も着替えず財布だけ掴んで近所のスーパーまで飛び出した後のことだった。
私は、午後5時からのタイムセール『うみたてパックくん』(78円!お一人さま二つまで)を手に入れるべく、全力疾走していた。
なんせこの不況のご時勢、我が家の家庭環境はカツカツ赤字、家計簿が血まみれかと思うほどまっかっかなのだ。財布を預かる身としては1円でも安いタマゴを求めるのも仕方のないことなのだ。
そう、そのためなら友達との楽しいおしゃべりを諦めても!陸上部から助っ人を泣かれて頼まれても!振り切って出てくるのも仕方のないこと涙出てきたくそぅ。
「ついた!」
よし、まだタイムセールは始まってないみたいだ。近所のおばちゃん達が押し合いへしあいしながら店に詰め掛けている。
いつもは「こんにちわ〜、今日もえらいわね〜」「いえいえ、もう慣れましたから」とかにこやかな挨拶をする彼女たちも今日この場かぎりは敵!すべて敵なのである。
「そ、それでは、タイムセールを…あ、ちょっと押さないで押さないで!」
ちょびヒゲが可愛い店長が半分涙目になりながらおばちゃん達を必死で押しとどめている。見通しが甘いわ店長、安売りを目の前にしたおばちゃん達に勝てるとでも思っていたのか。
「ええい、スタートぉ!くれぐれも怪我だけは、あぁん!」
なんだかセクシーな悲鳴をあげて陳列棚に突き飛ばされる店長。その上をひょいと飛び越えながら私も合戦にいざ出陣する。
二つなどと贅沢なことは言わない。せめて一つでも手にレジへ向かえれば万々歳だ。なにせ歴戦の勇者たちである彼女たちに比べ、私はまだまだ下っ端、足軽兵、雑魚も同然のペーペーなのだから。
「とぉりゃああ!」
女子高生にあるまじき雄たけびをあげてジャンプする。もう恥とか構ってられないレベルでお金がないんですよ。本当に
ガシッ
「よしっ!」
恥を捨て去ったかいがあり、端っこの二つを掴むことができた(やったー!)私は、目を血走らせた敵に奪われないうちにと踵を返す。
その時だった。
ガツン!
「うっ!?」
後頭部を殴られたような衝撃に襲われた。う、うそ、タマゴひとつでまさか!?
バッタリと倒れこむと同時に、急激に視界が暗くなって行った。世界がグルグルと回り出す。
「ひぃっ!?」
突然ガクン!と落ち込むような感覚がして、気づけば私は暗闇の中を落下していた。
意識が遠のきかけて、もう落ちてるんだか昇っているんだかわからなくなってきた頃――
すぽんっ
なんて音がしたかどうかは謎だけど、私はどこか見知らぬ部屋に吐き出されていた。そこは何ともファンタジーな部屋で、制服姿に突っかけ便所サンダルの私はさぞかし浮いているに違いなかった。
床から突然飛び出してきた女を見て、目の前に居た同い年くらいの男の人が青い目をまん丸くする。
「は?」
ちょっと、確かに床から突然見知らぬ女が吐き出されたら驚くだろうけど、そこまでビックリするこたないじゃない。っていうか私の方がビックリなんだけど、何ですかその見た目は、銀髪碧眼とかアニメやファンタジーですか。コスプレですか、妙にお似合いですね。
「な、おまえ……そんなバカな!」
どうやら私の存在を一言で表すと「そんなバカな!」らしい。そんなバカな。
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