ミカン箱

□タイトル未定、組織物
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夏の終わり、異常気象がT市を襲った。

突然ひらひらと落ちてきた青い雪に、少女は目を見開いて立ち止まった。肩まで伸ばした栗色の髪がふわりと揺れる。
「真夏に……雪?」
それは手のひらで受けるとじわりと溶けた。
歩道橋の上で行きかう人々もその現象に気づいて立ち止まる。
少女が寒気にふるりと身体を震わせたその時だった。
突如轟音が響き、地面が揺れ始める。
少女は必死に手すりに掴まりながらそれに耐えた。
……やがて揺れは収まり、へたりとその場に座り込む。だが本当の恐怖はそこからだった。
「うわぁ!?」
狼狽した男の声が響く。その場に居た全員がそちらを振り返った。
砂の人形。そう形容すべきものがいつの間にか出現していた。
体長およそ20m弱、不恰好な人の形をしたそれはゆっくりとこちらを向いた。
一拍おいて、皆が叫び出した。押し分けるように一目散に歩道橋から駆け降りようとする。
『……』
砂の人形はゆるやかな動作で動いた。恐怖で腰の抜けた男の子をつまみ上げ口の中に放り入れる。
バリバリと生理的に嫌悪する音が響いて、赤い血が雨のように降り注いだ。
少女の前にぼとっと何かが落ちる。主を失った腕はしばらく痙攣していたかと思うと、動かなくなった。
「――!!!」
自分の絶叫を聞きながら逃げ出す。
(やだやだやだっ、お父さんお母さん!)
砂のバケモノは一体ではなかった。さきほどの小型版とでも言うのか、ふた回りほど小さい砂の人形が人を捕らえては食している。
クラクションの音と悲鳴と怒号が、奇妙なハーモニーを奏でていた。平和な街並みは一瞬にして地獄に変わった。
ついに少女はつまづいた。転んだ拍子に足首をひねり突き抜けるような痛みが走る。
「あうっ……!」
立てない。絶望が荒波のように彼女を襲った。
見上げれば目の前には巨大な砂の人形。目があるはずの箇所はぽっかりと空いていて、その中では妖しく灯る緑の光が爛々と輝いていた。
「っは、あ、ぅああ」
恐怖で空気の漏れるような声しかでてこない、彼女の横をたくさんの人たちが逃げて行った。
砂の骸が手を伸ばし、全てがスローモーションのように送られていく
(戦え――!)
それは誰の声だったのか。
いきなりパチンとスイッチを入れられたかのように視界がクリアになった。
 ドクンッ
瞬間、全身が熱を帯びる。まるで血がいきなり逆流したかのようだ。立ち上がり捕まえようとする骨の手を転がって避ける。
考える前に体が動いていた。ガレキの中から折れた鉄パイプを引き抜き、地を蹴る。
「っあああああ――!!」
信じられないくらい体が軽い。気づけば20mはあろうかという砂人形の眼前に飛び上がっていた。がらんどうの目めがけて手にした武器を突き込む。
「うわぁぁあああああ!!」
 ドスッ
 ギャアアイイイアアア
機械が錆び付いたような悲鳴が響く。少女は今起きたことが信じられないまま着地した。
バケモノは暴れ続けていた。目に刺さった鉄パイプを引き抜こうとやみくもに頭を振っている。今が好機だとばかりに少女は逃げ出そうとした。
だが敵は今の攻撃で逆上したようだった。すばやく足を振り上げると少女を蹴り飛ばす。
「――っ!!」
すさまじい衝撃だった。指で弾いた消しゴムのように少女は吹き飛んでいった。事態を理解するより早く背中に衝撃が走る。
「かはっ!」
どうやら自分は街外れの鉄塔に叩きつけられたらしい。
そう理解すると同時に落下が始まる。
崩れていく街並みを遠くに、少女はゆっくりと意識を手放した。
 ドサッ
地面に叩きつけられた少女はピクリとも動かなかった。

青い雪は降り続ける。
後に『終焉の日』と呼ばれるこの日、世界は揺らいだ。
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