ミカン箱
□カコと魔法のクレヨン
1ページ/8ページ
***プロローグ***
「カコちゃん、カコちゃん」
ポカポカお日様が照らす中、お昼休みに一人でお絵描きしていた私は名前を呼ばれて顔を上げた。ニコニコしながら覗きこんでいたのは、となりのクラスのあやめ先生だった。
「どうしたの? あやめ先生」
「すずらん先生がどこに行ったかわかる?」
「先生? ヒロくんたちと一緒に外に行っちゃったよ」
「あらぁ、そうなの」
あやめ先生は教室にひとりぼっちで残って絵を描いてる私を見て、不思議そうな顔をした。
「カコちゃんは? お外に出てお友達と遊ばないの?」
「……」
私は頭を振って画用紙に視線をおとす。お外は、あんまり好きじゃない。走るとすぐ苦しくなっちゃうし、なんだかクラクラする。
黙ったままの私を見て、あやめ先生はニコッと笑ってこう言った。
「カコちゃん、一つお願いしても良いかな?」
「え?」
先生は持っていた缶を私に握らせて、窓から旧校舎の向こう側のあたりを指さす。
「旧校舎の裏にね、金魚さんの池があるからこのエサをあげてきて欲しいの。先生はすずらん先生を探さなくちゃいけないし、良いかな?」
「……うん」
きっと先生は表に出て遊ばない私に気遣ってくれたのかもしれない。
(でも……)
転校してきてそんなすぐにはお友達なんかつくれないもん。校庭に出て一人でブランコに乗るよりは、教室でお絵描きしてる方が良いのにな。
「じゃ、よろしくね〜」
明るく出て行ったあやめ先生とはウラハラに、私はユーウツな気分。
「うーん」
仕方ないよね。頼まれたらやらなくちゃ。
「うわぁ〜」
できるだけ校庭の端っこを歩いて裏庭にある金魚さんの池につくと、暗かった気分はほんの少しだけ明るくなった。
探していた池は、とてもこじんまりとしていて、その中を赤い金魚さんが5匹……あ、違う6匹、かわいい模様みたいに元気に動き回っている。
きちんと固められた池じゃなくて、水たまりがちょっと深くてキレイになったかな? ってくらいの雰囲気もなんだか可愛いな。
「わっ」
金魚さんたちは私の影を水中から見つけたのか、一斉にバチャバチャと寄ってきた。
「えへへ、ちょっと待ってね」
その様子に自然と笑顔になりながら、私は缶のフタをとってトントンとエサを振り出す。だけどその時――
――なぁ、やっぱやめようぜぇ〜
「!?」
とつぜん遠くから聞こえてきた声にビクッとしてしまい、私はエサの缶を池に取り落としてしまった。
(だっ、だれか来る?)
別にいけないことはしてないのだけど、気付くと大きな岩の影に体を隠していた。声はそのまま角を曲がって池の前で止まる。
「怖じ気ついたのか?」
「そういうワケじゃ…」
「お、おれは平気だぞ! お前何ビビってんだよ! ハハッ…」
どうやら男の子3人が話しながら来たみたいだけど…こんなところにいったい何の用だろう?
好奇心に負けて少しだけ岩影から顔を覗かせた私は、一気に青ざめた。池の前に立っていたのは、とんでもないことに桜くんだった。
「でもやっぱバレたらやべーって!金魚を取って1年のクラスに投げ込むだなんてさぁ」
「バーカ。何やっても許されるのがオレたち子供の特権だろ。利用しないでどうするよ」
(〜〜〜っ!!)
一気に血の気のひいていく音を聞いた私は慌てて身を引っ込めて口をパッと押さえた。桜くんは間違いなくこの学校一危険な男の子だった。先生が居ないところで下級生を苛めてる悪い子。
私も一度だけその光景を見たことがある。泣きじゃくる3組の女の子を、手下に命じて犬みたいにヒモで木につないで、逃げ出そうとする様子を笑って眺めてた。見つかったら間違いなく苛められる!
息をひそめて音だけを聞いていた私は、次の瞬間一気に青ざめた。
「どうしたんだよ桜」
「この缶…」
(あっ)
さっき私が落としちゃったの!
「なんだよ、ただの缶じゃん。先生が捨ててったんじゃねーの?」
「まだ中のエサが完全に出切ってないだろ。ふーん…」
しばらくの沈黙の後、するどい桜くんの声が私の心臓をつらぬいた。
「そこの岩に隠れてるヤツ。出て来い!」
(〜〜〜っ!!)