innocence/guilty

□第2章
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 夜が明け始めた頃、ボクたちはようやくダラム山を越え、ふもとにレストの村が見える位置までたどり着いた。朝もやにつつまれたレストの村は『村』と言うよりむしろ『街』くらいに発展している様に見えた。大きな町並みをグルリと囲うように、大きな壁が守りを固めている。同じ村でもせいぜい柵があるだけのイムとは大違いだなぁ。
「なんだかヒンヤリしてるね、育ててる作物もイムとはちょっと違うような」
「吹いてくる風の関係だな、二つの村を隔てている山が北風と雲を全てレストに流れ込ませているらしい。農耕的にはそっちの村の方がだんぜん豊かだ」
「へ、へぇそうなんだ」
「……本当に判ってんのか?」
 呆れたような顔をしていたイヅキは、突然驚いたような顔で駆け出した。その向かう先には、同じ年くらいの茶髪の青年が農作業をしている。
「ゴッズ!」
「ん? おぉ、イヅキ!!」
 日に焼けた顔の青年はイヅキの言葉に反応してこちらを向いた。あれ? 村人は全員眠らされたんじゃなかったの?
 同じ疑問を抱いていたのか、ゴッズと言うらしい彼の肩を揺さぶってイヅキは焦ったようにたずねる。
「オレが出て行ってから何があったんだ! お前だけが目覚めたのか!? 黒いローブの男は!?」
「ちょ、ちょっと落ち着け、おい!」
 ゆさぶりから解放されたゴッズは、フゥと一つためいきをつくとこんな話をしてくれた。
「それが俺にもよく分からないんだが、つい2日前か? みんなフッと目が覚めたんだよ。一体何があったのか――」
「レストは呪われたんだよ」
 あの日なにがあったか話し出すイヅキに、ゴッズは驚いたように目を見開く。
「驚いたな、そんな事があっただなんて」
「でも全員が目覚めたのなら良かった、オレの行動はムダになったが、みんなが無事ならそれで……」
 ホッとしたようにそういうイヅキだったけど、ゴッズの浮かない顔を見て言葉尻が消えていく。彼は深刻な眼差しのまま、静かに語りだした。
「よく聞いてくれ、確かにほとんどの村人は目が覚めたが、まだ一人眠り続けている者が居る。セシリアだ」
「!」
 それって、イヅキの幼なじみだっていう女の子……?
 重苦しい空気を振り払うかのように、豪快に笑ったゴッズはこう言う。
「まぁ、お前が帰ってきてくれたのならもう安心だな! 大丈夫、セシリアは深く眠ってはいるが体に害は出ていない」
「……そうだよな、オレは間に合ったんだな」
「そうそう、その、取り引き材料? の腕輪もこうしてちゃーんと持ってきたじゃないか。ちょいとオマケつきみたいだけどな」
 突然こちらに話題をふってきたゴッズは、その大きな手でボクの頭を豪快に撫でる。
「結構カワイイじゃん、名前は?」
「り、リオンだよ」
「ははははは、道中イヅキにヘンなことされなかったか?」
「するわけねーだろ!」
 ガぁっと吼えたイヅキは、ゴッズのからかいから逃げるかの如く背を向けた。
「とにかくオレはセリの様子を見てくるからな!! リオン、逃げるなよっ」
「逃げないよ!」
 村の方へモーゼンと駆けていく背中にベーッと舌を出す。ゴッズは小さく笑いながら話し出した。
「まったく、君がいなきゃセシリアを救えないって事をすっかり忘れてるな、あいつは。相変わらずそそっかしいと言うか猪突猛進と言うか」
「セシリアさん、って名前なんだね。そのまだ起きない子」
「そう、セシリア・キュロスって言ってさ、綺麗なコなんだよな、これが」
 あーぁと伸びをしたゴッズは、持っていたクワを肩にかけながらどこか不満そうに続ける。
「イヅキが羨ましいよ、あーんな良いコと婚約してるなんて」
「こ、婚約ぅ?」
 っていうと、将来の仲を誓い合ったとかそういう、間柄の――?
 ボーゼンとするボクに気づいたのか、ゴッズが戸惑ったような顔をする。
「どうした? あ、もしかしてショックだったとか――」
 その言葉に、ボクは慌てて手を振って否定する。ちっ、違う違う、別にイヅキに彼女がいよーが、ボクには関係ないもの!
「そうじゃなくてっ、よっぽど心が広い人なんだろうなって思って、そのセシリアさん」
「はははっ、その通りだ。あの唐変木を相手できるのは彼女くらいなもんだ」
 そうひとしきり笑ったあと、そろそろ行こうと片手をあげる。
「それじゃあボクも行くね」
 そう言って村へと向かおうとしたボクの背中に、意外な質問が投げられる。
「なぁ、リオンちゃん。イヅキは笑っていたか?」
「え?」
 突然の質問に少しとまどって振り向くと、ゴッズは畑にクワを振り下ろしながら話し出した。
「あいつは一本気というか、責任感が強すぎるんだよ。今回のことだってムリに背負い込んでるんじゃないかと心配なんだ。敵対するレストの村に協力するのは苦だろうが、できるかぎりイヅキに協力してやってくれ。頼んだよ」
「……うんっ、任せてよ! ボクが居ればひゃくにんりき。くすぐってでもイヅキを笑わせるからさっ」
 そう元気よく言うと、ゴッズは豪快に笑い始めた。
「なんというか、君には人を朗らかにさせる力でもあるみたいだね」
「そうかな?」
「そうさ、でなければ、あの【偏屈家のランス君】が村の外の人に笑うなんて事、ありえないね」
 ランスってのはイヅキの名字の事かな? とにかくゴッズは自信満々にそう言い放ってくれた。ボクも思わず笑ってしまう。
「ほら、君も行ってきたらどうだ?なんたってセシリアの救世主なんだからな」
「うんっ!」
 なんだかゴッズに会って、胸のモヤモヤがちょっと晴れたような気がした。そーだよっ、ボクはこうじゃなくっちゃ!
「よしきた! キュロスさん家はあの時計台の近くのでっかいお屋敷さ」
 そう言いながらゴッズは村の中心部の一際大きな家を指差した――が、ボクは今の言葉に妙な違和感を覚えて聞き返す。
「キュロスさん家? ランス家じゃなくて?」
 セシリアさんは両親を殺されて幼なじみであるイヅキの家に引き取られて暮らしている。って聞いたけど……。
 その質問にゴッズは微かに眉をひそめた。
「ランス家はもうない、イヅキから聞いてないのかい?」
「え、だってセシリアさんの御両親はマモノに……」
「何を言ってるんだ? 逆だよ。マモノに殺されたのは――イヅキの両親の方だぞ?」
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