book*akb 2
□慰愛
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闇の中で唸りを上げる海を見ていた。
潮風は心地よいような、それでいて悲しみを誘うような、不思議なそれであった。
「愛するとは何か」とか「感情の推移について」とか、やたらと抽象的で哲学的なことをわりかし真剣に考えていると、ベランダの横開きのドアが開いた。
「夏の気温だからって、シャワー浴びたあとに外いたら、風邪引いちゃうよ」
「あっ、‥うん」
振り返って答えると、白いタオルでゴシゴシと髪を拭くあなたの表情が急に驚いたものに変わって、何かを憐れむように眉を歪められた。
そこでわたしは初めて、自分が涙を零していたことに気がつく。風が強くてよくわからなかったのだ。
泣き顔なんて、見られたくなかったのに。
あなたは「どうしたの」なんて訊かない。そんな野暮なことは訊かない。そのかわりに後ろから抱きよせられて、耳元で小さく「大丈夫だよ」と囁かれた。そのキザな感じがいかにも、あなたらしかったりする。
「だって‥」
「ん。わかってる」
「‥どうしよう佐江ちゃん。このままじゃ優ちゃん、どんどん離れていっちゃう‥」
恋人の優子がわたしを見つめるとき、厳密に言うとその瞳の奥にわたしはいない。
理由なんてわかっている。優子は、わたしが彼女を好きなほど、わたしのことを好きじゃない。正しくは、以前ほど好きじゃなくなった。それだけ。単純なことだ。
「どこで、間違えちゃったんだろうね」
あなたは黙って聞いていた。腕に力がこもっている。
MVの撮影で訪れたグアムの夜は、東京のそれよりも数段穏やかだった。偶然一緒の部屋になったあなたは、わたしと優子の関係を知るひとりであり、よき理解者でもある。
「にゃんにゃんは何も間違えてないよ」
頭を撫でられた。あなたの優しさが、涙腺をどんどんダメにしてゆく。
さっきから見つめていた深い藍色の海ぼやけてきて、結構本格的に泣いてしまいそうになっているのが分かる。