歌書物

□側に、
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左近のことを心底愛することが嬉しく思える反面、こんなにも切ないものなんだと知り、俺は無意識に涙を流した。







「殿?このような所に居ては身体に障りますよ」

夜中、寝付けずにいた俺は縁側に座っていた。何をするわけでもなく柱に凭れて真っ暗な庭を眺めていた。
すると、何処から俺の匂いを嗅ぎ付けたのか左近が不意に現れた。
俺は左近に気付かれぬように顔をそむけ、素早く涙を拭った。

「いかがなされました?」

心配そうに左近が声をかけてくれる。
俺が何も言わずに黙っていると、左近は静かに俺の手を握った。いつもなら恥ずかしくて振りほどく手を、今日は握り返した。
左近に触れられた手が、痺れ、甘く熱を帯びていく。それがなんだか恥ずかしくて、俺は俯いてしまった。


すぐ側で左近の存在を感じる。
今俺の手を包んでくれているこの優しい手が突然なくなったとして、次第に左近がいないことに慣れて、そしたら






そしたら俺は左近のことを嫌いに思う日がくるのだろうか?

「殿?」

左近が呼ぶ声に引き寄せられるかのように、俺は身体を左近に預け頭を厚い胸板にすりよせた。
ただこの余計な考えを今すぐに消し去りたかった。
左近は何も言わず子供をあやすかのように、俺を抱きしめ背中を撫でた。
その優しさに、堪らずまた涙が頬を伝う。

「何かあったのですな」

左近が言うので、俺は小さく首を横にふった。微かな左近の匂いが鼻をかすめ、少し安心する。

「何もない。ただ……」

暗闇の中にいる孤独感に耐えられなかった。だから寝付けなかった。
そして、もし左近が……などと考えていたら、悲しくて辛くて堪らなかったのだ、と言おうとして俺は口を閉じた。
左近は家臣で、俺は主。たとえ恋仲とはいえ、主がそんなことに怯えているのとは言えない。だが、

「左近に言って下さいよ」

そろりそろりと目だけ上げれば穏やかに微笑む顔がある。
そんな顔をされては話したくなるではないか……
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