ガンダムSEED・DESTINY
□Verita stellare 後編
1ページ/3ページ
廊下を歩いているとキラに名前を呼ばれ、シンは立ち止った。
キラの隊に配属になってからというもの、何かと彼に声をかけられる。別に嫌なわけではないが、もっと他に何かするべきことがあるのではないだろうかと少し思ってしまう。
シンは進もうとしていた歩を止めると、キラへと焦点を合わせた。
「何ですか……?」
シンは暗い面持ちでそう反応した。
どうしてキラは自分に話しかけてくるのだろう。自分は彼を見るたびに胸が痛くなるというのに――。
どうせなら関わることなく、そのまま放っておいてほしい。
キラと関わるとまた、ステラとの別離した記憶がよみがえり、彼への何とも言えない様々な感情が込み上げてくるのだから。
愛おしいほど焦がれているステラ。もう会うことのできないステラ。真っ直ぐに自分のことを信じてくれて、記憶を失わされても尚、シンのことを憶えていてくれたステラ。
誰かが意図的に操作した運命の記憶さえ、打ち勝って――。
彼女はシンへの想いで心に触れてくれた。そして自分もまたステラへの想いで、彼女の心に触れようと必死だった。
彼女が死んで、フリーダムを討って、空っぽになって、アスランとメイリンを討って、母のようなルナマリアに支えてもらって。それでも必死で明日を生きるために、シンは戦場をかけてきた。
そしてフリーダムに乗っていたキラも、討ったと思っていたアスランもメイリンも、そしてルナマリアも生きている。なのに、ステラはここに居ない。
キラと話すとそれを強く痛感してしまう。
そして今になって思うのだ。
あの時もっとたくさんの話をすれば良かった、あの時もっと生きてるんだよと温もりを伝えてあげれば良かった、と。もっと出来たことはあったはずと。
シンはふいに零れ落ちそうになる心を両手で抱きしめると、キラの言葉を待った。
黙るシンを労わるように、キラはゆっくりと口を開いた。
「ステラ・ルーシェ」
キラが口にした言葉にシンは思わず肩を震わせた。
また傷が抉られる。
痛みが走りだそうとする想いをシンは必至で止めながら、まだ続くであろう会話を遮らないように相手の目を見た。
「とりあえず、峠は越えたよ」
予想もしていなかった言葉に、シンは首をかしげた。
一体、何の話だろうか。
「峠……?」
いきなりの言葉にわけの分からないと言わんばかりの答えをシンはキラに返すと、キラは優しい微笑みでまた話し出した。
「デストロイを倒した後、民間の医者達がステラ・ルーシェを助けてくれたらしいんだ。終戦してから、ぼくもそのことを知って、それでラクスにも協力してもらって、より良い状態で治療してたんだ。でも酷い傷と精神状態で、数カ月間ずっと生死を彷徨っていて。でもやっと大丈夫なところまできたよ」
やや早口で説明するキラの言葉。シンは頭を金槌で殴られる感覚に襲われた。
これは夢だろうか、それとも現実だろうか――。
キラの言ったことが正しければ、ステラはデストロイが破壊された後見つかって、でも危険な状態が続いていて、でもまた生を手にしたということになる。
つまりを言えば、ステラが生きているということ。
「ステラ、ステラが……っ」
絶対にありえないと思っていたことが、望んでいた一番の願いが、想いが届いた。
強い衝撃に上がる心拍数。
シンは全身の力が抜けるのを感じた。それに押されて流れ出す感情が、瞳から大きな雫として流れ出す。
ステラが生きている。今まで死んだとばかり思っていたステラが生きている。
今まで考えていた後悔の念が全て消えていく。それはまるで人肌に触れた泡がゆっくり溶けていく感覚によく似ていて。温かくやわらかいものが心を包んでいる。
溢れては落ちるシンの涙を見つめ、キラはまた静かに口を動かした。
「もっと早く伝えたかったんだけど、もしものことを考えると言い出せなくて」
謝罪を述べるキラの言葉などシンの耳には届かない。
彼の謝りよりも大きな想い。ステラへの想いが今のシンを抱きしめていた。
「ステラ、ステラっ……」
嗚咽が言葉に引っかかりながらも、シンは何度もその名前を呼んだ――。