ぎゃくせつ

□30、ビー玉
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ロマンチックともいえる誕生日から数日が経った。
帝王との関係にギクシャクしたものはなく、むしろ距離が縮まったように思う。
充分幸せ過ぎて、これ以上を望む気が失せる。

だというのに、帝王は俺を甘やかす。
厳しさとのバランスが崩壊を起こしそうなまでに。


「重くないですか?俺持ちますよ」


一週間分の食料が入った紙袋を持つ帝王にそう言った。
缶詰や飲み物などがあるため重い筈だ。
しかも食べるのは俺だけで、ゴーストに近い帝王自身は一切関係ない。

だというのに、姿現しで隣町からリトル・ハングルトンに戻ってきても俺に持たせてくれない。
これでは主従が逆だ。


「帝王……」
『お前が気遣ってくれるのはいいが、俺様はそこまで貧弱ではないぞ』


確かに、重そうな素振りはない。
彼は女のように細く見えるが、実は薄く筋肉がついているのだ。
今さらながらどきりとした。


「……けど、俺」
『ならば言うが、お前に持たせるよりも効率がいい』
「ううっ」
『背は伸びてきているぞ』


ふと、視線を感じた。
それはリトル・ハングルトンの小高い丘まで来たときのことだった。

反射的に帝王の半歩前に出る。
ポケットの中に手を滑らせながら、ゆっくりと周りを見渡した。
肌が粟立っている。


「何でしょう、帝王……帝王?」


不意に、帝王が俺を押し退けて歩きだした。
かと思えば立ち止まり、近くの茂みに両腕を突っ込む。

どことなく可愛らしいが、形容しがたい笑みを浮かべていた。


「……」
「……帝王?」


彼が茂みから引きずり出したのはふさふさした黒い物体だった。
町でよく見かける大型犬よりずっと大きいが、おそらく犬だと思われる。


「……わん」


熊のように大きいが、犬、らしい。
黒い毛だというのに汚れが目立つほど不潔だ。
闇の魔術の本で見たグリムを思い出す。


「ど、どうするんですか?え、あれ、もしかして俺たちを見てたのって、この子?」
「……わ、わん」


犬は、未だに引っ張り出された体勢のままで固まっている。
パニックになっているらしいその動作にはどこか人間臭さがある。

また、帝王が形容しがたい笑みを浮かべた。


『飼うさ、もちろんな』


(発見、捕獲)

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