ぎゃくせつ

□17、チェス
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帝王は今日も朝から出かけていた。
起きた時に挨拶をしたきり、今まで声も聞いていない。
もうそろそろ、最後の授業が終わる。

あの不気味な声を発していたのが何かも特定できていないのに――危険だ。
そう説得しても帝王は聞く耳を持ってくれない。

今日最後の授業、魔法史が終わりドラコと一緒に教室を出る。
真っ直ぐ図書室へ向かうという彼とは途中で別れた。
もしかしたら帝王が帰ってきてるかも。

期待を思考の片隅に置き、寮の自室へと足を進める。
知らず知らずのうちに早足になっていたことに気がついた。

一年生の時、右目に在った帝王の魔力を大量に消費してしまった事がある。
その際知ったのだが、どうやら俺の右目は薬漬け状態にあるらしい。
薬とは、もちろん帝王の魔力だ。

魔力が減れば体に何かしらの負担がかかる。
現在は帝王自身を宿している為、その反動は一年前より大きいのだろう。

帝王が離れている今のような状況は少し辛い。
離れたというだけでこれなのだから、彼が死んだら困ったことになる。
……困るだけならまだいい方かもしれない。

スリザリン寮の自室に入ると、どこからともなく帝王が現れた。
くたくたに疲れているようですぐ俺のベッドに寝転んだ。

自らを霞程度の存在と自嘲しているくせに疲労の色が隠せていない。
ゴーストの成り損ないというのは間違ってない気がする。
そんな俗なものよりよっぽど人間らしい。


「おかえりなさい、帝王」
『……ブルー、今夜は出掛けるぞ』
「分かりました」
『おまえもだ』


肩にかけていた鞄が床に落ちた。
変身学の教科書や二年生用の基本呪文集などが滑り出る。


「はい」


鞄から出てしまったそれらを机の上に積み上げ、返事をした。
空の鞄はベッドの横に放り投げる。
さて、夕食はどうしようか。

顔をあげると、帝王と目が合った。
訝しげに俺を見ている。


『随分と安易な言葉だな』
「俺は帝王を信頼しているので」
『軽い信頼だ』
「いいえ、俺の信頼は重いですよ?」


軽く笑い、ローブを脱ぎ捨てた。
もう授業は終わっているしこれから大広間に行くのも面倒だからだ。
夕食は抜くことにした。


『本当にその気があるのなら、ロケットは置いていけ』
「え?……分かりました」


何故置いていかなければならないのか。
そんな疑問は考えないで、素直にロケットを外した。

部屋の明かりを反射して黄金色に輝く金細工のアクセサリー。
ベッドサイドテーブルの引き出しの中にそれをしまった。
傷ひとつ付けたくない為、下にハンカチを敷いてある。


「今からでも行けますよ?」


それから数十分後には、俺は右目に戻った帝王と校内を徘徊していた。
薄地のカッターシャツと制服のズボンといった身軽な格好だ。

今日はハロウィーンの為生徒は全員大広間に集まっているらしい。
静まり返って管理人もその猫も見当たらない廊下を見てようやく気付いた。
どうも、俺は記念日などをどうでもいいと思ってる節がある。

階段をのぼっていると、ある考えが頭を過ぎった。
もしかして、目的地は前に声を追って俺が行き着いた場所かもしれないと。

スリザリン寮から大階段の広間へ。
帝王に言われて目指しているのは三階だ。
確か、あの声が途切れた場所は女子トイレの前だった気がする。


『そこだ、止まれ』


帝王がストップをかけたのは三階の女子トイレの前だった。
以前とは違い、トイレのドアには“故障中”の札が掛けられている。


『入れ』


やはり此処には何かあるのだろう。
でなければ入れなんて指示は出ないだろうし、帝王の魔力も張りつめない。
一秒後の未来でさえ不安になってくる。

札を無視して開けたドアの向こうには幾つかの水溜りが出来ていた。
全ての手洗い台の蛇口から水が流れている。

おそらく、嘆きのマートルの仕業だ。
彼女はホグワーツに住み着くゴーストのひとりでよく癇癪を起こす。
今回もまたなにか気に食わないことで水を溢れさせるつもりか。

マートル本人が居たら面倒なことになっていた。

ズボンの裾を捲りながら毒吐く。
直に水溜りは規模を増して廊下を侵すだろう。


『……チッ』


その舌打ちと同時に、手洗い台が動いた。
俺は現状が把握できずにジッとその様を凝視する。
辺りに目を走らせる帝王をすぐ近くで感じた。

そうしている間にも手洗い台は動き、ついに背後の穴を晒す。
大人ひとりが余裕で通れそうなその奥からは生き物の気配がした。


『ブルー、離れるぞ』


意味を理解する前に帝王は体の外に出ていた。
急なことで、また以前のように倒れそうになった俺を帝王が受け止める。
そして手近な個室に引き込まれた。

声をあげそうになったが、慌てて口を閉じる。
手洗い台の奥から生き物の気配が出てきた。


(密着していることに気付いたのは少し後)

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