ぎゃくせつ

□13、滑り台
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夏休みに入って約ひと月。
俺は用事があるとき以外は全く外出せず、自室に籠っていた。

本当は外に出てクィディッチの練習をしたい。
東洋の島国から来てるというドラコの友達にも会いたい。
魔法使いだけの村に行かないかとセドに誘われた。

それでも俺は部屋に籠っている。
精神的な意味でも健康に良くないのは承知の上だ。


「っ!」


頭に針で刺すような痛みが走る。
あまりの衝撃に耐えられず自室の絨毯に片膝をついた。
そして、記憶の逆流。


「ひっ……ぁ……」


視界の端に見えたソレは七歳のときのもの。
学校で遠足に行った先の大きな川が舞台となっている。


「兄さん!」


幼い子供独特の高い声が頭の中で反響する。
すでに過去の産物と化している筈の音声がリアルすぎて怖い。
水の中で気泡が弾ける音がした。

強い流れが体を押し戻す。
伸ばした手は嫌な音を立てて石にぶつかった。

助けなきゃ。
別に俺が無理しなくてもいい。
でもっ。

だって充分頑張ったんだから少しくらい……。

これくらい頑張れば先生も褒めてくれる。
俺が手を抜いたなんて誰ひとり気付く筈ない。


『ブルー』


意識の外から声がする。
まるで夢の中で聞いたようにぼやけたその声。
だが、幼い子供に呼ばれた時よりも俺にショックを与えた。

カチリ、ともガチャン、ともつかない音が頭に響く。
そうして俺は心の錠に刺した鍵を回した。

大きな川が消える。
それを合図に幼い子供も折れた腕も消えていった。
思い出が……映像が終わりを迎える。

映像の代わりに現れたのは現実。
目の前には闇の帝王、ヴォルデモート。


『なかなか上達したな』


霞のような体を揺らして帝王は笑う。
ただ、赤い瞳だけは憤りを隠せずに輝いていた。
まるで灼熱。

俺だって分かってる。
ここ最近上手くいってないと。

そもそも俺みたいな出来損ないに、こんな高等な魔法が扱える筈ない。
全く駄目というわけじゃないからって期待をかけ過ぎだ。
閉心術なんて……。


『短期間での成長速度は悪くない。だが、最近は伸びないな』
「はい……」
『アレの所為か?』
「……」


アレ、と言われてすぐに目に入った物。
この豪華な部屋の隅に放置されているバースデー・プレゼント。

それは若干歪な形をした箱だ。
中に入っているのは木彫りの指輪。
七月三十一日にハリーから贈られてきた。


「はは……まさか」


(けど、捨てない)

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