ぎゃくせつ

□1、じゃんけん
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「兄さん、起きてる?」


夜も更けた頃。
今にも消え入りそうな声で、弟が俺を呼んだ。
事実、それは激しい雨音と風音でほとんど掻き消されていた。

それでも分かる。
俺たちは兄弟――双子だから、聞こえる。


「起きてるよ、ハリー」


孤島に建つ荒ら屋の床で身を寄せ合う俺と弟のハリー。
外で荒れ狂う波の気配を感じながら、俺たちは黴臭い毛布に包まった。
もう夜中なのに夕方からの雨と風は衰える気配すらない。

何故こんな所に俺たちが居るのか。
今考えても腹立たしい。

俺たちは孤児だ。
孤児院ではなく母方の叔母夫婦の家に居候している。
両親が事故で死んだせいだ。

それだけでも不満なのに、物心ついた頃からハリーと俺はずっと召使いのように働かされてきた。
しかも、叔母たちは殴らないが従兄弟のダドリーは殴る。

誰を基準にするまでもなく分かる散々な日々のリフレイン。
そんな中、いつもとはまるで違うことが起こった。
ハリーと俺宛てに手紙が届いたのだ。

今までそんなことなかった。
二人とも、手紙をくれるほど親しい友人なんていないから。

実は、ハリーにはある特別な能力がある。
瞬間移動をしたり、蛇と話したり、ガラスを消したり。
弟にある能力なんだから勿論兄の俺にもある筈だ。

俺は人当たりが良く、成績も優秀な勤勉家、それプラス運動神経も抜群。
近所でも学校でも評判の、完璧な優等生。
当たり前のようにモテる。

そんな俺が弟に劣っているわけがない。
今までも良い子、弟を庇護する優秀な兄だったんだから。

当初、手紙は叔父さんに破り捨てられてしまった。
2回目も、3回目も、シュレッダーにかけられ暖炉に放り込まれた。
その辺りからだ、手紙の送り方が常軌を逸し始めたのは。

ある時は宅配便の中に、またある時は買った卵の中に。
クレバーというよりエキセントリックだ。

そして、とうとう叔父さんの堪忍袋の緒が切れた。
家族と俺たちを車に押し込み、宛てもなく家を飛び出したのだ。
因みに着火原因は煙突から侵入しリビングを埋め尽くした例の手紙である。

安いホテルや何もない森への無意味な逃走。
それらを経て、叔父さんは今居る小屋まで辿り着いた。

小屋は海草の臭いがし、明らかに不衛生。
あるのは黴臭い毛布とポテトチップ、バナナがひとつずつ。
普段の暮らしと考えたら雲泥の差だ。

今頃、家は手紙で溢れてるだろう。
部屋いっぱいに詰まっていれば一通くらい抜き取ることが出来るかもしれない。

あの手紙さえあれば、俺の人生は大きく変わる筈だ。


「ハリー?」


ダドリーの蛍光文字盤つきの腕時計を見ている弟に気が付いた。
肉に埋もれている哀れなそれは、あと一分で明日だと告げている。

残り数十秒で、俺たちは十一歳になる。
カウントするまでもない程の短い秒数だ。

その時。
大砲のような大きな音が響いた。


「っ!?」
「兄さん!!」
「ハリーっ、大丈夫か!?」


柱や屋根がミシミシと軋み、小屋中が震える。


(日常に穴)

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