ぎゃくせつ

□23、神経衰弱
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手足の感覚がない。
頬に当たる床の冷たさは感じるのに感覚はない。
先輩の全身金縛り呪文をもろに喰らい、俺は倒れた。

普段は見ることもないホグワーツの天井が見える。
裏を返せば、見えるのはそれだけだ。

ふいに脇腹を蹴られた。


「無様だ。出来損ないなばかりに防御もままならなかった」


軽蔑するような言葉が、声が、表情が、怖い。
先輩は俺といるとき、いつもそう思っていたのだろうか。
逃げたい。


「劣っているって悲しいね。同情する。僕は君みたいな人間じゃなくてよかったよ」


笑いながら、先輩はまた脇腹を蹴りつけた。
その足で俺のすぐ傍にしゃがみ込む。

こちらへ伸びる両腕をじっと見つめた。
右腕は首の後ろを、左腕は両脚の膝の裏をホールドする。
立ち上がれば、立派な横抱きだ。

突然の浮遊感に体が湧く。
本当に、リドル先輩は俺を横抱きにした。


「特別に君を招待するよ」
「……」
「秘密の部屋へ」


最悪だ。
誰も助けてくれない。
――いや、帝王は助けてくれるだろうか。


「やめなよ、変な期待するの。君みたいな奴を助けるほど他人様は暇じゃないんだ」


可哀相にね。
そう言って先輩は踵を返した。

大階段の広間に出て、絶えず移動する階段を上る。
移動パターンを把握しているのか先輩の動きは滑らかだ。
時折、目的の階を確認しながら進む。

金縛りにされた俺は成す術どころか腕も動かず。
不安定な状態のまま運ばれていた。


「ブルー、僕は知ってるよ、君のこと」


三階の廊下の途中でそう切り出された。
尤も、俺がその切り出された話題について語れる筈もない。
リドル先輩はただ独り言のように紡ぐのだ。

女子トイレの前に着いた。


「僕が好きなんだろう?……ああ、返事は期待してないよ」


清潔な白いタイルを踏み拉く。
少しずつ、確実に、秘密の部屋の入り口へと近付いている。


「君はいいね、いい子だ。過去の僕も未来の俺様も愛してくれる。いい子だ」


手洗い台の前で先輩が『開け』と囁く。
すると手洗い台が動き、数秒の後には人ひとりが余裕で通れそうな穴が現れた。
よく聞けば、パーセルタングだったような気がする。


「けど、僕より俺様に比重が傾いた君は要らない」


浮遊感。
俺は穴の中に放り投げられた。

身動きも取れないまま、通路のあちこちに体を打ちながら落ちる。
冷たい床に投げ出された頃には右脚の感覚がなかった。
また先輩に抱き抱えられるまで痛みに耐えた。


「ああ、折れてるね、脚」


石柱が並ぶ通路を抜けると、ちょっとした広場に出た。
奥の石像は本の挿絵で見たことがある。

サラザール・スリザリンだ。
その石像の足許には燃えるような赤毛が惜し気もなく散らばっていた。
長さと体格から見て、女子生徒らしい。


「気にしないでいいよ。ただの生贄だから。……それより」


何の前触れもなく石の床に落とされた。
後頭部を強く打ち付けて、鼻の奥がつんとする。

見上げた先のリドル先輩の目は紅茶色をしていた。


「少し、僕に付き合ってよ」


(引き摺ればいいのに)

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