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□D・R・O・P
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パーティが終わって、事務所に沈黙がおちても、翔太郎は姿を現さなかった。
「もう……時間がないんだよ、翔太郎……」
僕は溜め息と一緒につぶやいて、力無くソファに座り込んだ。両脚を抱え込むようにして僕は小さくなり、そのまま、ソファの背にすがったまま、翔太郎のデスクを眺めた。いつもの翔太郎の定位置だったけれど、今夜はもう、戻らないに違いなかった。
もう時間がないんだ翔太郎。
この街を守るためには。
この街に住むひとたちを守るためには。
……君の愛するこの街を守るためには。君の愛する、この街に住むひとたちを守るためには。……君を守るためには。君との全てを守るためには。
今すぐにでも。……時間がないんだ。
もう。
……泣いたら駄目だ。僕は、自分の意思に反して震える目蓋を膝につけて、喉にせりあがってくる熱い熱の塊を飲み下す。泣くな。泣いたら駄目だ。
泣いたら終わりだ。全てが終わってしまう。
自分の思考に驚くほどの衝撃を受けて。……終わり?……本当に終わってしまうのか。
「……う……っく」
子どものようにしゃくりあげそうになって、必死でそれを押さえこんだ。思いきり息を吸い込んで、一瞬だけ苦しい胸に溜めて、それから吐き出す。なんとかその波をやりすごす。
泣いたら。
もし僕が泣いたら、きっと君はもう二度と立ち向かってはくれないだろう。
……立ち向かう?
何に? ……あの強大な、強大すぎる敵に?
いや、それだけじゃない。敵だけじゃなくて、僕の、そして翔太郎、君の、僕たちの運命に、きっともう立ち向かってはくれないだろう、二度と。
ふと、甘く、誘惑の声がする。
……逃げようか。
僕は顔を上げて、もう一度翔太郎がいるはずのデスクを見やる。
家族も、友も、この街も。
何もかも捨てて君と逃げようか。どこか遠くの街の片隅で、何も無かったかのように、何も知らないふりをして、最初からそこにいたみたいな顔をして。……傷を舐め合う仔猫のように、ふたりで。
僕はつかの間、その夢に酔った。
知らず、笑みがもれる。……あれだけこらえた、息を詰めるようにしてやりすごした涙も。目の前が滲んで、翔太郎のデスクが見えない。あぁ幸せだったんだよ、翔太郎。僕は。
逃げることができればどんなにか幸せだろう。でも。
逃げるには、そうするには君は。
「……夢を見たなぁ……」
もう笑うしかなくて、僕はそう呟いて唇をきつく噛みしめた。