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□Strawberry Garden
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まだ、夢を見てるみてぇだ。
曇り空の下、遊歩道の端の手すりにすがって、亜樹子と照井とあきらと……そしてフィリップが笑っている光景を俺は飽きずに眺め続けた。
それでもまだ、自分の目の前の光景があまりにも信じ難く思えて、時々瞬きをする。瞬きだけじゃ足りなくて、ぎゅっと目を閉じてみたりもしてみた。……消えるな、と強く祈りながら目を開いて、まだそこにフィリップがいることを確認する。
夢に見たんだ。
こういう光景を。フィリップがいる光景を。……フィリップがこの世界にいる光景を。夢を。
フィリップが微笑っている。
俺の名前をあの声で呼ぶ。
一瞬だって忘れたことのない、あの笑顔で、あの声で。
……そんな夢を俺は見続けた。
あぁあれは夢だったんだな、お前が消えるなんてそんなことあるわけがねぇよな、そりゃそうだ、俺たちはふたりでひとりの仮面ライダーなんだから。
そうやって長い夜の果て、目を覚まして俺は。
ぼんやりと眺め続けていた俺の視線に気づいたのだろう、フィリップが俺のほうを見て、少しだけ目を緩ませて、ひらひらと手を振る。俺はぎこちなく笑い返して(だってどうやって笑ってたっけ?)、フィリップがまた亜樹子たちとの会話に戻るのを見て。
……夢じゃねぇよな?
やっとそう思えるような気持ちになって、それでも、俺は誰かにそれを肯定して欲しくて、断言して欲しくて、今のうちにと、少しだけもどかしく携帯電話の電話帳を検索した。
発信音。発信音。……呼出中の愛想の無い無機質な音。音。
出てくれ、と俺は思いながら、自分の足元の影に目を落とした。……雲の切れ間から射し込む光。光る。
『もしもし』
出し抜けに聞こえてきた不機嫌そうな声に俺は、まずかったかな、と思う。
……けど、悪ィな、こっちも必死なんだよ。
「あっもしもし? 俺、左だけど」
『……携帯にかけてるんだろ、そんなの名乗らなくても』
「悪ィな突然電話して」
俺は相手の言葉を遮って、すぐ終わらせるからさ、と先に断る。
『……何の用だよ』
「あの、あのさ、今が夢じゃねぇって言ってくんね? あいつ、戻ってきたんだよさっき!」
『あいつ?』
嬉しいのと不安なのとで焦ったように問いかける俺に、訝しげな声があいつって誰だよと聞いてくる。
「え? 言ってなかったっけ? まぁいいや。いやでもまじで! 有り得ねぇって思ってたんだけどさ。でも俺ここ最近そのことばっかだったから夢みたいで不安でさ」
『……あいつが誰なのかまったく不明だけど、つまりもう絶対に戻らないと思ってた奴が戻ってきたってことか? 戻ってきて欲しかったけど有り得ないと思ってたのに? ……それ、左の彼女?』
「……彼女じゃないけど。……とにかくさ、言ってくんねぇかな」
しばしの沈黙。
「これ、夢じゃないよな?」
もう一度、祈るような気持ちで確認する。
現実的なアドバイスをくれる彼に、幾度となく助けられたことがあったのを思い出した。だからきっと今も。
話がちょうど途切れたのか、フィリップたちが俺を見ているのが視界に入った。
ま だ ? と声に出さずに、唇の形で問いかけてくるフィリップ。俺は手だけで、ちょっとだけ待ってくれ、とメッセージを送る。うなずくフィリップ。
……たぶん、夢じゃないんだ。
でも自分だけじゃ、もう自信がなかった。これを「夢じゃない」と言いきれる自信が。
『……夢じゃない。これは夢じゃない。仕事中にかかってくるわけのわからない電話なんて夢だったらどんなにいいかと思うけどな。……これは夢じゃないよ、左。現実だ』
呆れたような声のトーンで、でも最後の声が、少しだけ優しい響きだった。
現実だ。
俺は泣きそうになる。
現実だ。現実なんだ。
「……あぁサンキュ。じゃな」
泣きそうになったのを悟られたくなくて、俺は相手の声ももう聞かずに通話終了のボタンを押した。
丁寧に携帯電話をポケットにおさめて、それから。
俺は懐かしいその名前を呼んだ。