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□神鳴<カミナリ>
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降り続ける雨が窓ガラスを叩く。
雨の粒が次々とガラスを流れ落ちてゆくのを、俺はぼんやりと眺めていた。ログハウスの外灯が光を放ち、部屋の中を照らしている。くっきりとした光と、それに寄り添う暗闇。
何も考えられない。……何も考えられない、そのことしか考えられなかった。
考えることを、どこかで拒んでいる。
終わりの無い、いつまでも続く雨足。何を見ているのかわからなくて、気が遠くなる。ふと、流れ落ちていく、そのことに何か大切な意味があるような気がして、瞬きを繰り返した。
瞬きの瞬間、墨を溶かし込んだような暗い空を眩しいばかりの閃光が走る。
その光を追いかけるように、胸を突くような轟音が鳴り響いた。
俺はその重い響きに後押しされるように、やっと身動ぎした。長い時間同じ姿勢でいたせいだろう、身体が思うように動いてくれない。
長い時間?
……あぁ確かに、フィリップたちが下山したのはまだ日の高い時間だったな。
確かに曇っていたな。
いつのまにこんな夜が、嵐がやってきたんだろう?
俺は立ち上がって窓ガラスに指を当てた。ひんやりとした無機質な感触が、何故か焦燥感を煽った。ガラスに当てた手を握りしめる。一度だけ、力を込めてガラスを拳で叩いて、嵐に背を向けた。
薄っぺらい男の人生は痛ぇ。……今にでかいもん失うぞ。
尾藤の言葉が響く。
……言われたとき、俺は何を思っただろう。
「冗談じゃねぇよ」? 「おやっさんよりでかい無くしものなんか、他にあるかよ」?
あるだろう、あるじゃないかすぐそばに。
失ってはならないものがすぐそばにあるだろう。
いつのまにかかけがえのない存在になっていた、失ってはならないもの。
……その、失ってはならないものが、すぐそばに、あったのに。
「今度はフィリップかよ……」
声を出したつもりもなかったのに、自分の声が闇に溶けた。ひどく心細く聞こえて、何かを恐れている自分に気づく。何を恐れているのかなんて、もうわかりきっていた。
空を走る閃光。鳴り響く轟音。降り続く雨。
俺はもう駄目なのかもしれない。
一緒にいられないのかもしれない。
あの圧倒的な力の差。
俺がお前を守っているつもりだったのに。
それは俺の勘違いだったのか。
……あぁ。
お前のことを失ってしまうのかな。……大事な存在だと気づいたのは、ついさっきなのに。