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□COSMIC BOX
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彼には、淋しいときに夕焼けを眺めるという習慣があった。
夕焼けを1日に何度も見ることができる、特別な方法の話だ。
俺の職場兼住居であるところの事務所はとても小さい。
この小さな世界、俺以外には誰も住んでいない(彼を護っていた小さな生き物も息を潜めている)、ここをすべて支配するようなバオバブの樹も生えておらず(もしかしたら書物に支配されていたのかもしれないが)、夜になるとガラスの鉢をかぶせて、と我儘を言う美しい棘のある花もいない(……どんな我儘でも声さえ聴ければ)、この小さな星のような世界では。
自分のデスクの椅子に座ると夕日が見える。
小さな窓から。
かすかな喧騒と、幸せな匂い、遠くの空で夕焼けが始まって消えてゆくのが見える。
俺には特別な方法があって、椅子を少し動かすだけで夕日を見ることができる。……何度も。何度も。
夕方にならなければ太陽は沈まない。
夕方にならなければ夕日は見れない。
それでも俺は、何度でもそれを見ることができる。
遠くの空で夕焼けが終わってしまうと、俺はひとつだけ小さく息を吐いて、椅子を少しだけ動かす。
かすかに軋む椅子の音。
そうすると、夕焼けが始まるのだ。
そうやって、1日に何度も夕焼けを見たよ、俺は。
前に、……44回も夕焼けを見たことがある。
それほどまでに、彼は淋しかったのだろうか。
ふと、その疑問を口にしたら、彼は何も言わずただ淡い笑みを浮かべて、何も言わなかった。
そして、また椅子を動かして窓の外に目を向けたから、何も言えなかったのだ。
何も。
Fin./20110324