ヅラ

□joy 4
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「幾松さん、お薬とかはどこにありますか?」

布団に横になる幾松さんに優しく声をかける。

「すまないね、迷惑かけちまって。」

「いいんです、いつも、桂さんがお世話になってるんですから。」

薬箱の場所を聞き、風邪薬を見つけだして、幾松さんに飲ませ眠りについた頃を見計らい、後片付けをするために、階下へおりた。
一通り片付けてから、ひと休みしようかと息を吐いた所で、ガラリと扉が開く音がした。

「すみません、もう今日は店じまいなんです。」

お客の方へ振り向くのもめんどくさく、愛想なく簡潔に伝える。

「なんでぃ、今日は終うの早ぇじゃねーですか。」

ん?と思い、ちらりとお客の方を見遣って、驚いた。
そこには黒い服の男が立っていた。

やばい。

幸い、店じまいを告げていたせいか、男は戸口から動いた様子はない。

「(気付かれない内に、帰さなきゃ。)今日は店主が寝込んでましてね。」

「なら、仕方ねーや。なんでも噂で新人のバイトが指名手配犯に似てるなんて聞きましてね。」

「・・・バイトですか?」

「自分の目で確かめてやろうと思ってたんですがねぃ。・・・バイトってあんたのことかい?」

「・・・残念ながら。私はここの店主の古い友人ですよ。」

「そうかい。」

「だいたい、バイトなんて雇ってないと聞いてますがね。根も葉もない噂でしょう、それ。」

「まぁな。その噂を証明しようと来たってわけなんだがねぃ。無駄足だったか。邪魔したな。」

「・・・御苦労様です。」

ピシャリと扉がしまって、男は出て行った。
まずいな。桂さんが手伝っていることがばれてるんじゃないか。
噂の段階だろうが、なんだろうが、危険なことには変わりない。
ちらっと見遣った、男があの沖田だったのだから。
真選組の隊長自らが、足を運ぶってことは、指名手配犯だなんて濁してはいたが、桂さんだと目星を付けているに違いない。
桂さんの話だと、一度この店で、奴らとはち合わせているらしいし。
まずいな、と何度も同じ言葉をくり返し、念のため、扉に鍵をかけた。


気付けば時刻は夕方を迎えていた。
幾松さんが寝ている2階へ行くと、ちょうど彼女が目を冷ましたところで、上半身を起こそうとしていた。

「どうですか?御気分は?」

足早に駆け寄り、起き上がるの背中に手をそえた。

「ありがとう。だいぶ楽になったよ。薬が効いたみたいだね。」

「今日はもうお店は閉めました。ゆっくり休んでください。」

「ほんとにありがとう。助かったよ。私なら大丈夫だから、あんたはあいつのところへ帰りな。」

「いえ、一人にして帰るなんて・・・。」

「ふふ、いいんだよ。寝てれば治るんだし。幸い、そんなに酷い状態でもない。」

しかし・・・と食い下がる私に、幾松さんは、優しく微笑んで言った。

「心配なのは私じゃないだろう。」

「・・・・・」

「あんたはあいつの傍についてないといけないんじゃないのかい?」

「・・・・・すみません。」

私はすっと立ち上がり、深々とお辞儀をして部屋を後にした。







すっかり日が暮れた帰路を歩きながら、完敗だと感じていた。
なんだかすべて見透かされて、子供をあやすように背中をぽんと押されたような気分で。
私がかすかに感じてた幾松さんへの嫉妬のようなものを、彼女は薄ら気づいてて、看病の時も私が必死で桂さんを帰したことも、誘われたからと言ってバイトの度についてくることも、すべて、お見通しだったんではないだろうか。
そうであれば、私は、なんて子供に見えていたに違いない。

この敗北感たるモヤっとしたものは、所謂、女のプライドなのだろうか。
はぁ、とつい大きなため息をついてしまう。


「どーした、そんな大きなため息を吐いては、幸せが逃げてしまうぞ。」


突如聞こえた声に俯きかけてた顔をあげた。

「桂さん・・・」

上げた視線の先には、橋の欄干に軽く寄りかかってこちらを向いている桂さんがいた。

「日も暮れてしまったからな。」

あぁ、迎えにきてくれたのだろうか。
そのことにツンと鼻の奥が痛む。
泣きそうだ。
泣かないけど。

「まだ、暗くなっても時間は浅いですよ。心配性ですね。桂さんは。」

「暗闇の女子の一人歩きなど、もってのほかだ。どんな辻斬りが襲ってくるかわからん。最近、物騒だとよく聞くからな。」

「あぁ、あの浪人ばかりを狙ったっていうやつですか?」

「苗字君は強い。我が同士の中でも、一、二を争う剣の使い手だ。だが、君は、女子だ。」

「・・・・はい。」

「あんまり、戦ってほしくはないのだ。」

「でもっ、私は・・・」

あなたの背中を守りたくて・・・・とは口が裂けても言えなかった。

「それより、幾松殿は、いかがであったか?」

「あ・・・はぁ。お薬を服用したら、ずいぶんと楽になったようで。一人で事足りるからと・・・追い出されちゃいました。」

「そうか。幾松殿は、主人を亡くされてずっと一人でやってきたからな。こんな場合でも慣れているのかもしれんな。」

さあ帰ろう、エリザベスも待ってる、と言って、歩き出す桂さんの後ろ姿を見ていたら、なぜか、無性に、隣に並びたくなって、小走りに追いかけた。

今くらい・・・後ろを追いかけるのではなく、肩を並べて歩きたくなったのだ。

背中を守るなんて、おこがましくてとてもじゃないが、言葉にすることはできない。

幾松さんにするような表情だって、私が相手では、一生拝むことのできないものだろう。

それでも、いい。

私は黙って、この人の、後ろや、左や右、時には前を守っていければ、それでいい。




end

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