ヅラ

□joy 2
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桂さんにつれられて、その店に入って、私は誘いにのったことを後悔した。
目の前には、大人の魅力を携えた、凛とした女性がいた。

「苗字名前と申します。先日は桂が危ないところを助けていただいたようで、本当にありがとうございます。助かりました。」

形式的にではあるが、幾松さんへお礼をかねて挨拶する。

「苗字君、こちら、幾松殿だ。たった1人、細腕でこの店を切り盛りしている…未亡人だ!!」

いやいや、桂さん。
未亡人のところ、強調しないでくださいよ、失礼でしょうが、本人目の前にして。

「だから、バイト雇っただろうが。」

幾松さんが桂さんに答える。

「そうだった。苗字君、今日はゆっくりラーメンを堪能してくれ。俺はちょっと手伝ってくる。」

「は?桂さん?何言ってるんですか?」

「いや、この前匿ってもらった時に、迷惑をかけたのでな。無償でアルバイトをしているのだ。昼時は客足が増えるからな。」

「いやいやいや、桂さんにそんなことさせられませんて!ちょ、幾松さん、何とか言ってくださいよ。」

「知らん。そいつが勝手に手伝いたいと言ってきたんだ。ちょうど、昼時は忙しいから、助かるよ。」

「そんなぁ。・・・あ、でしたら、私が桂さんの変わりに働きますので。」

「いいよ、あんたは、今日はお客で来てくれたんだろう?だったら、うちのラーメン食べて、ゆっくりしていってよ。あのバカのお守で、疲れてるんだろ?あんたも。」

バカって。いや、バカだけども。
別に、疲れてないし。
お守だなんて、思ってないし。
反論しようかと思ったけれど、有無を言わせぬ大人の物言いに、何も答えられなかった。

余裕だな、とまだ会って数分しか経ってないのに、言い知れぬ敗北感みたいなものを感じていた。

つきあいで言えば、断然私の方が長いもんね。
桂さんのことなら、大概のことは知ってるもんね。
子供時代の桂さんのことも知ってんだからね。
エリザベスさんにも認められてるんだからね、私は。

一度感じた、敗北感は、なかなかぬぐい去ることが出来ず、やっかみにも似た愚痴を心の中で呟いていた。

コトリ、と横からラーメンが置かれて、沈んでいた意識が浮かび上がる。

「どうした?ぼーっとして。疲れてるのか?苗字君には無理をさせてばかりだからな。今日は、俺のおごりだ。さあ、食え。」

隣にはウエイター姿の桂さんが立っていた。

「・・・・何ですか?その姿は。ここ、ラーメン屋さんですよね?」

わかっている。この人は、こういう人だとわかっているのだ。
でも、あえて、聞こう。
割り箸を取りながら、桂さんに尋ねる。

「ここは、真選組のやつらもたまに来るようでな、完璧な変装だ。」

「首から上、丸出しですけど、よろしいんですか?ズズズ」

ラーメンをすすりながら、桂さんと会話する。

「万が一、見つかったとしても、安心しろ。ここは、治外法権だ。」

「いや、ここは、しがないラーメン屋でしょ。ズズズ」

「幾松殿が守ってくれるぞ。」

「ズズッガッ!ゴホッ、ゴホッ。み、水。」

桂さんの言った一言に、ラーメンを鼻から出す程驚いてしまった。

ま、ま、守ってくれる、だぁ?

まだ噎せている私の背中を、桂さんが、喋りながら食べるからじゃない、とか、口に食べ物を入れながら喋るなって何度言えばわかるの、だのとお母さんみたいなことを言って、摩ってくれている。

待て待て、守ってって。なんだそれ?

「はぁ。何言ってんの、ばか。さっさと手伝って、さっさと帰っておくれ。」

幾松さんがカウンター内で作業をしながら、呆れたように軽くため息をはく。

「苗字君、もし真選組が来たら、2階に上がって隠れると良い。」

と言って、桂さんは奥の方を指差しながら、ウインクする。
なに、そのウインク。なんか、ものっそ腹立つんですけど。
つーか、そもそも、勝手知ったる我が家、みたいなノリが、ものっそ腹立つんですけどっ!!!

ラーメンも食べ終わり、昼時の忙しさもピークを越えたのか、それまでは聞こえなかった、備え付けのテレビの音が聞こえる。
七三分けの髷を結ったアナウンサーが、真選組のやつらの、大砲ぶっぱなしたことや、民家を木っ端微塵にしたとか、ていう攘夷志士顔負けの行動を、淡々と告げている。

「・・・・桂さん、何時までバイトなんですか?」

「ランチタイムだけの手伝いだ。もう少しで終わるがな。」

「いいよ、今日はもう。お客もだいぶ引いたし、ほら、あんたの分。これ食べて、帰りな。」

幾松さんがタイミングよく話に入ってきて、桂さんの分のラーメンを一杯、テーブルにおいた。

「おぉ、ちょうど、腹が減っていたところだ。さすが、幾松殿。」

私の前の席に座って、桂さんは、ラーメンを啜る。それはそれは、美味しそうに。

・・・・なんなんですか、その顔。

卑怯ですよ、私の目の前で、その顔は。
見ていられなくて、思わず、視線を少し外した。
麺を掴んで口に持って行く。
箸を綺麗に持って、器用に、上下する手を見ていた。

あ、中指のところ、小さい傷がある。
きっと、手伝ってる時に、出来た傷だろう。あ〜あ、綺麗な指なのに。
まぁ、傷跡が残るってわけでもないし、帰ったら、絆創膏を渡してあげよう。

「なんだ?苗字君、もう腹が減ったのか?そんなに俺のラーメンを見つめて。遠慮するな、食べたいなら、もう一杯どうだ?」

「いいえ、結構です。お腹いっぱいです。」

考えていたことと、まるで違うことを桂さんが言うので、苦笑してしまう。

「ごちそうさまでした。」

ラーメンに向かい、丁寧に手を合わせて、少し頭をさげる、その仕種を、微笑ましく思って無言で眺めてしまう。

「苗字君、着替えてくるから、少し待っててくれるか。」

「はい。」

桂さんはウエイターの格好から、普段の着物に着替えるため、奥へ消えた。

私は、おごりと聞いていたが、あの人がお勘定のことを覚えているわけもない、と思い、会計を済ませようと立ち上がる。

「幾松さん、お会計を。」

「・・・あんたも苦労してんね。いいよ、あいつのおごりなんだろ?今日は。」

「いや、でも。桂さん、絶対お会計のこと忘れてると思うんで。」

「ほんとに、いいよ、今日は。それに、バイト代から差し引くから、大丈夫さ。」

「いや、でも。それ、桂さんがバイト代を見た時に、すごくショック受けると思うんです。ほら、あの人、純粋なんで。」

そういって、無理矢理にでも、受け取ってもらおうと、お札を突き出す。

「あんたも、強情な人だね〜。ま、それくらい粘り強くないとやってらんないか、あいつとは。」

あいつ、とか、あのバカ、とか。
桂さんのことを、私には絶対に呼べない愛称で呼ぶ幾松さんに、嫉妬してしまう。
さっき出会ったばかりなのに。
つきあいで言えば、断然私の方が長いのに。
桂さんのことなら、大概のことは知ってはずなのに。
子供時代から桂さんのことを見てるのに。




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