ヅラ

□joy 1
1ページ/1ページ

「おかえりなさい、桂さん。」

今日もご機嫌麗しゅう、精美な笑顔で、桂さんが江戸の街から帰ってきた。
真選組の追手にも今日は出会わなかったようで、エリザベスさんと談笑しながら、草履を脱いで、玄関を上がる。
おかえりなさい、と私以外にもいくつもあがる声に、桂さんは「ただいま帰った」と進める足をそのままに答える。
・・・・いつか、私だけに「ただいま」っていってくれないかな〜、と一瞬の間、私は恋いこがれる乙女に戻る。
攘夷志士であることも、忘れて。
本当に、時間にすれば1秒ほどだ。
でも、十分だ。
1秒間だけ、幼い頃から、変わることのない恋心を堪能する。

桂さんは、学年でいえば2つ程違う、私の先輩にあたる。

正確に学年分けされていたのではないので、曖昧ではあるが、先輩には違いない。
そんな幼い頃から、人とは違う視点を持った彼の事を追いかけていた。
彼の周りには、いつも私たち後輩が簡単には近寄れない人たちがいた。

坂田さんと高杉さん。

とにかく、この3人は、私たち後輩から憧れの対象として、遠くから眺めるだけの存在だった。
同級生でもなければ、彼等に、というか、桂さんに話し掛けるなんてこと、出来るわけがない。

ふと、意識が、目の前の桂さんがいるであろう部屋の襖に戻っていく。
べったりと親しくはなれないけれど、こうして、志しを共にして、行動できるのだ。
あの頃の私からすれば、ずいぶんと幸福な毎日を過ごしているじゃないだろうか。
うん、高望みなんか、しちゃ駄目だ。
今のこの状況、襖一枚隔てた場所で、生きていける、それだけで、十分。

「失礼します。桂さん、お茶をお持ちしました。」

一声かけて、襖をあける。

「あぁ、苗字君か。すまないな。」

桂さんは、薄く笑みをたたえて、私の差し出すお茶をうけとる。

「エリザベスさんも、どうぞ。」

いつも桂さんの隣にいる真白なギョロ目のマスコット兼ペット兼同志の方にもお茶を差し出す。

“ありがとう”

プラカードをささっと掲げて、お礼を言ってくれる。

いつもそうだ。この方は私なんかにもきちんと毎回お礼を言ってくれる。
小さく会釈して、その場を去ろうとした、その時。
桂さんが、こちらを見て、とんでもないことを告げた。

「そうだ、明日、苗字君も一緒にラーメンでも食いにいかないか?」

は?なんで?
え?ちょ、なんで?
蕎麦じゃなく、ラーメン?
ん?なんで?
いやいやいや、そこじゃなく、なんで?
なんで、私が、食事に誘われてるの?
なんでなんで?
いや、めっちゃ嬉しいっ。
けど、なんで?

こんなん、初めてなんですけどー?!
かれこれ、長い間、お供してますけど、こんなお誘い、初めてなんですけどーーー!!!

「あ、予定でもあるのか?なら、仕方あるまい。エリザベス、二人でいくか。あの上手さを我々だけでなく、他のものにも味合わせてやりたいと思ったのだがな。先約があるなら、無理強いはできまい。」

私が脳内プチパニックを起こして、何も言葉を発しなかったせいで、桂さんは、予定があると思い込んだらしく話を進めていく。

「わ、あ、あの!予定なんてないです。連れてってください。お供いたします、そのラーメン屋とやら。」

私は慌てて、返事をかえす。
桂さんは、嬉しそうな笑顔を見せて、ラーメンがいかなるものかを、雄弁に語り出す。
時々、エリザベスさんの冷静な突っ込みを受けながら、それでも、楽しそうに、話してくれる。
何でも、最近、知ったという店で、真選組に追われてる中、匿ってもらったらしい。

店主とやらは、よく出来た人らしい。
身ぶり手ぶりで、その時のことを語る桂さんを見て、私は、何故か、昔の面影を見た気がした。
楽しそうだ、と目の前の生き生きして話す人を見て、薄く笑う。

あの頃の、桂さんだ。
まだ、先生もご存命で、勉学にも剣術にも、一生懸命に取り組んでいた、あの頃の。
隣には、同じ様な熱を秘めた仲間がいて。
喧嘩しながら、ぶつかりながらも、認めあう、そんな仲間がいて。
私が、憧れてやまない瞳をした、桂さんだ。

そんな桂さんを見てしまうと、もう、ダメだ。

一気に甘い色に染め上がってしまうのだ。

そして、いつも私はその“色”を光の速さで消しにかかるのだ。

色恋に溺れるより、今、この時が、最良の時だと思え、と。
何故なら、運命を共にしているのだ。
私と彼を引き離すのは、どちらかが死ぬ時。
それはきっと恋や愛で繋がるより、
ずっと強いもので結ばれてるはずなのだから。


end


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ