彩加のひとしずく(更新中)

□弐
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 腹にくすぶる熱のせいで、結局昨日はほとんど眠れなかった。うとうとと瞼が下りればそこにグレイとキスをするリオンが浮かんで、歯ぎしりで目が覚めるの繰り返しだったのだ。

 確かにファンもいるだろう劇団員を夜に出待ちしていた自分も悪いが、それとこれとは別の話。あの男だけは気に食わない。

 でも元々人に対する悪意が長続きするタイプでもなく、昨夜に比べれば大分腹の虫も収まっている。ナツは夜が明けるなりさっさと自分に割り振られた朝の仕事を片付け、パンを口にねじ込みながら通学路を駆けた。

 昇っていく朝日と同時に学園に着き、ナツは校門傍にどっかと腰かけた。目的はただ一つ、グレイと話す時間を多く取るためだ。

 彼はいつも時間ぎりぎりに教室に入ってくるが、毎週金曜日だけは朝練の生徒達とそう変わらない早さで登校してくるらしい。先日ルーシィが何気なく口にしていた情報が役に立った。

 彼女が言うには、この曜日だけはグレイは三年の男子生徒と共に登校してくるらしいが――。

 銀髪がちらちらと脳裏に浮かび、びしりと額に青筋が走る。ナツのこういう嫌な予感は、本人にとっても困った事に良く当たる。

 冷えた朝の空気がようやく陽に暖められてきた頃、遠くに二人連れだって歩く男子生徒の姿が見えてきた。一人はここ暫くずっと目で追ってきた黒髪、そしてその隣にいる銀髪の生徒に、ナツは今回も自分の予感が正しかったことを知った。

 グレイとリオンはナツの姿を認めているはずなのに、何食わぬ顔で校門を通り過ぎようとした。勿論それを許すはずもなく、ナツは後ろからグレイの手首を掴んだ。

 ゆるりと振り返った彼の顔は、いつにも増して血の気が薄く見えた。顔立ちは整っているが決して華奢ではなく、グレイは均整のとれたしなやかな体をしている。腕っぷしの確かさも知っているはずなのに、ナツの目にはその時だけ、グレイが今にも折れてしまいそうに見えた。

 掴んだ手首から伝わる体温の低さに、ナツは一瞬言いたいことも忘れてグレイの目に指を伸ばしていた。

「貴様、なんのつもりだ」

 指先がグレイの下まぶたに触れる寸でのところで、横から伸びてきた手がナツの手首を捕らえる。手の持ち主に視線をやると、険しい顔をしたリオンがナツを睨みつけていた。

 思わず伸ばしていた手をリオンから取り返し、ナツはなにも言わないグレイの目を見据える。目の下にうっすらと浮かぶ隈を見て、やはり気のせいではないと確信を得る。

「なんの用事でこんな時間に来たのかは知んねぇけど、ミラんとこに寝に行くぞ。おまえ貧血になってんだろ」

「……なってねーよ」

「うそつけ。瞼の裏はみてねーけど、体温が低いし爪も白いだろ。オレだってそんぐらいのこと知ってんだぞ」

 専門的なことになると話は別だが、日常生活で見る程度の病に関してはそこらの男子よりも知識がある。それを知ったエルザが、どうして勉強でその記憶力を生かせないのかと嘆いていたが、別にこれだって好きで覚えた訳じゃない。



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