彩加のひとしずく(更新中)

□壱
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 昼に聞いた話が頭の中に残って、珍しく午後の授業は船をこがなかった。やる気を出したのかと喜んだジェラールには悪いが、斜め左後ろの転校生が気になっていただけである。

 まだ蒸し暑いながらも高く澄んだ空に、秋の近づきを感じる。じきに鮮やかな橙に染まるであろう空をぼんやり見上げ、ナツはとりとめもなく流れる思考を持て余していた。

 インターハイに出場する部、新体制に戸惑いながらも次のチャンスまで牙を研ぐ部。そんな熱気をあちこちから感じる。放課後のこの空気は嫌いじゃないが、そこから外れていると他人事でしかない。

 最初こそは真面目に部活の吟味をしていたが、今は校門傍の花壇に腰かけて空を見るだけである。

 意外だとよく言われるが、ナツはこう見えて帰宅部だ。運動神経は化け物並みだが、細やかな神経を使う競技など論外だし、団体競技もいまいち性に合わない。他人の能力値にある程度合わせなければならないというのが、昔から腑に落ちないのだ。

 ルールや型が苦手な性質さえなければ、個人競技で頂点を狙えるだろうに。教師達は口ぐちに言うが、苦手なものは仕方ない。

(どの部活にはいっかなー)

 開きなおってはいるが、現実そうも言っていられないのだ。一・二年は部活動に強制所属を課されており、文化祭ではクラス発表の他にも部活発表がある。文化祭一か月前には一つの部に腰を落ち着けろと言われたが、うろうろしている内にその期限が迫ってしまった。

こちらの都合などおかまいなしに、初めての学校行事は着実に近づいてくる。

 これまで転々としてきた球技系の部活は、少し本気を出せば周囲が怖がってチームプレイができなくなった。一年生の未熟な体から出されるパスを受け止められず、三年の主力メンバーが吹き飛ぶシーンを見てしまえば無理もない。

だが水泳や陸上などの直接相手との接触がないスポーツは燃えないので、できれば対戦型のスポーツが望ましい。

 ちなみにギルダーツのいる空手は体験入部で挫折した。型やらなんやらが多すぎてパンクしたことを思い出し、なんとも言えない顔になる。もっとこう、最低限の技で本能的に戦える競技はないのか。

 そんなことを考えていると、風にのって覚えのある匂いが鼻先をかすめた。生まれつき鋭い嗅覚をもつナツは、身近な人間であれば匂いで判別できる。人より敏感な五感が獣じみた身体能力を助長しているとは、本人に自覚はない。

 それは清涼感のある瑞々しい青葉に似た香りだ。女特有の甘ったるいものとは違う、どこか懐かしいほのかな甘み。すぐに覚えた匂いのもとに視線を遣ると、グレイが丁度校門から出て行くところだった。

 彼もまだ部活に入っていなかったのか。いつも終礼と同時に教室から消えてしまうので、てっきりどこかに所属していると思っていた。

 見かけたからには朝の続きをしたい。ひまを持て余していたナツはさっそく腰を上げ、軽快な足取りで彼に駆け寄った。

 こちらに気づくなり面倒くさそうな顔をした彼に構わず、拳を握ってその胸に突きつける。




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