彩加のひとしずく(更新中)

□壱
3ページ/13ページ





 一時間目はジェラールの受け持つ英語だった。日本語すら覚束ないと揶揄されるナツが真面目に受けるはずもなく、無駄に良い担任の声をBGMに眠たげに目を瞬かせる。

 このクラスでは、机に突っ伏して寝ようものならエルザの鉄拳が飛んでくる。腕っぷしに比例して頭の出来はよろしくない男共が、そろって頭を揺らす様は面白い。

 エルザの席は窓際の真ん中。彼女から完全な死角になるのは窓際の一番後ろくらいなものだろう。自分の真後ろでも二、三席あたりまでなら彼女は居眠りを気配で察する。いつも思うが、どんな化け物だ。

 そのクラス唯一の安楽席で、今日も彼は惰眠を貪っている。

 教室のちょうど真ん中にいるナツからは、視線をななめ左に滑らすだけで彼の姿が見える。いつものように頬杖をつき、静かに眠るその姿。うつむいているせいで目は見えないが、ゆっくり上下する肩を見れば寝息が聞こえてくるようだ。

 グレイ・フルバスター。彼が自分から他人に話しかけているところを、ナツはまだ一度も見たことがない。周囲に確認しても同じ答えが返ってきたことから、勘違いではないだろう。

 ただし先ほどのように、話しかければ普通に応じてくれる。愛想は良くないが、協調性がない訳でもない。

 だが彼からは、他者への関心が一切うかがえないのだ。

 他人への無関心を貫くのが難しいこのクラスで、徹底したその姿勢を珍しがる者すらいるくらいだ。

(あいつの笑ったとこも怒ったとこも、見たことねーんだよな)

 学内一のお騒がせクラスの一員であるナツにとって、彼の水面のような静けさは異質だった。どうしても目についてしまって、その顔の下に眠っている表情を引きずり出したくなる。

 一度拳を合わせてしまえば、手っ取り早いとは思っているのだが。

 そんなことを考えながら見つめていると、隣のルーシィに軽く肘で突かれた。彼女は悪戯気に目を細めながら、小声で囁いてくる。

「そんなに気になるなら、良い話があるけど?」

 ついいつも視線を遣ってしまうのに気付かれていたのか。

 報道部に所属する彼女は学園中の噂に通じる。本人でも知らなかったことを彼女から知らされるなんてザラだ。噂だけではなく、鋭い観察眼で学園中のあらゆる事件に首を突っ込む図太さが評判だ。

 といっても、大概はナツが興味をもって突っ込んでいくので、彼女はそれに巻き込まれるか引きずられているだけなのだが。そのお陰というか所為というか、彼女のスクープ率は部内トップらしい。

 小心者ながらその栄誉はまんざらでもないらしく、彼女はたまにナツが興味をもちそうな事案を持ちかけてくるのだ。

 ナツとしても気になることは放っておけない質なので、ルーシィのこういう顔は嫌いじゃない。面白そうな事件の匂いがするなら尚更だ。

 グレイに関係することかと視線で問うたナツに、ルーシィは一枚の紙を差し出す。一応授業中なことを考えてか、ひっそりと机の下から渡されたそれは報道部のプリントのようだ。

『1−A リィン・メイ 3−C ザンザ・ミラー 3−A ケニー・デイビス 以上三名が失踪した夜、彼らが同一の行動をとっていたことが判明した。報道部は彼らが行っていた“リチャードゲーム”の実態を調査、生徒に危険と警戒を促すものとする』

 そんな一文から始まったプリントは、どうやら部員への指令書らしい。依頼主は家出した生徒達の家族で、三人の生徒達が同じ行動をとっていたことから、そこでなにがあったのか確かめたいのだろう。

 教育機関は外部の介入を嫌うし、なによりこのリチャードゲームというのがいわゆるオカルトに類するものであったことが、一介の生徒達に頼ることになった顛末だろう。

「リチャードゲーム?」

 なんだそれ。思わず疑問を口に出したナツに、ルーシィが詳しいことは後で説明すると小声で言う。リチャードゲームの詳細はプリント内にも書いてあったが、難しい言葉が苦手なナツには読む気にもなれないと察してのことだろう。

 正直ありがたいが、この件とグレイになんの関わりがあるのか。それだけでもなんとか拾おうと、唸りながらプリント内を探しているとある一文に視線が止まる。

『なお、近隣住人からの目撃情報によれば、深夜に学園に向かう同一の生徒の姿が目撃されている』

 窓際の彼に視線を向ける。静かな黒曜の瞳が、ひたとナツを見据えていた。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ