彩加のひとしずく(更新中)

□壱
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◇◆◇


 朝の教室は騒がしい。どこの高校へ行ってもそうだろうが、このクラスは特にそれが顕著だと良く言われる。

 このクラスで飛び交うのは挨拶ついでの拳と蹴りだ。勢いよく振りぬかれたロキの長い脚を紙一重でかわし、突進してきたエルフマンに頭突きを食らわせる。その一瞬の隙をガジルに殴り飛ばされるが、その彼はロキに吹っ飛ばされていた。

 誰から始まった喧嘩かは覚えていないが、皆の表情は明るい。つまりはこれがこのクラスのいつものことで、コミュニケーションの一つだった。

 だがいつもの形が、最近は少し変わりつつあった。

「おはよグレイ、また遅刻寸前か」

「はよ。別に間に合えばいいだろ」

 教室のドア近くで交わされた挨拶に、机に埋まっていたナツが素早く反応した。喧噪など目もくれずに自分の席についた彼に、いの一番に駆け寄る。

 気怠そうに頬杖を突き、窓の外を眺める彼はグレイ・フルバスター。つい先月転校してきたばかりなのに、窓際の一番後ろという安眠席を手に入れた男だ。

「グレイ、おまえもやんぞ!」

 背後の取っ組み合いを指して言うナツに、グレイは片目を眇めただけで応えた。

 ほぼ毎日のように見てる、お断りのサインだ。律儀に断っていたのは最初の一週間だけで、もうそれからは返事すらしてくれない。

 このグレイという男はなかなか整った容姿をしていて、少したれがちの目尻から一瞥されると、騒ぐ女子たちの気持ちがわからんでもない。

 だがナツは生憎と男なので、それよりもグレイとやり合いたい気持ちが勝る。

「てめぇがどっかの生徒達ぶっ飛ばしてんの見てんだからな、強えーんなら相手しろ!」

「強いのが良いならギルダーツとやりやがれ」

「ギルダーツは週一しか相手してくんねぇんだよっ」

 空手部顧問の名前を出され、ナツは眉間にぐうと皺を寄せた。ギルダーツは血の気が多いこの学園で一番強いが、空手部の生徒以外には拳を振るわない。

 つい先日もさんざん挑みかかったが、全て足技でいなされてしまった。半分も本気を出させられなかった事を思い出して、立たせた髪が余計に尖る。

 グレイの腕をつかみ輪の中に連れて行こうとするが、彼は断固としてそこから動かない。それどころか視線を窓の外に戻され、ナツの額に青筋が浮かぶ。

 怒鳴ろうと大きく開いた口は、校舎に響きわたった鐘の音ですぐに閉じられた。ナツはグレイから手を離し、すぐ近くで伸びているエルフマンをがくがくと揺する。その他の生徒も予鈴ですぐに乱闘を止め、自分の近くの机を直し始めた。

 誰もが必死に教室を戻そうとあがく中、無情にも教室のドアが開け放たれた。そこに立っていたのは担任教師のジェラールと、毎朝彼の補佐をしている委員長のエルザだ。

 喧嘩は予鈴前までに治めること。ヒートアップするとつい忘れがちだが、それはこのクラスを締める委員長との約束だった。破ると世にも恐ろしい般若の姿を見ることになる。

 今週、三度目のご降臨だ。




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