彩加のひとしずく(更新中)
□壱
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「オレは、貴様のような目を今まで何度も見てきた。奴は不思議と人を惹きつけるが、そのせいで良くないものも付き纏ってくる。欲しい欲しいと剥き出しに嘗め回す汚い目だ」
とっさに否定しようとして、ナツは言葉に詰まった。
本当に? 今日のグレイを見て、その感情を一度も抱かなかったか? 自分のものにしたいという欲求が欠片もなかっただろうかと、自問自答がナツから言葉を奪う。
それを肯定と受け取ったのか、青年は忌々しげに舌を打った。
「良いことを教えてやろう、アレは役に完全に入り込むタイプの役者だ。……そんな役者が、フリだけのキスをすると思うか?」
「ッてめぇ!」
ほとんど反射だった。自分よりも高い位置にある胸倉を掴み、額が触れそうな距離でその炯眼を睨みつける。ぎりぎりと歯を食いしばる音が聞こえてきそうな、緊迫した空気に夜が震えた。
ナツの獣じみた威嚇を受けても、青年は涼しい顔をしていた。毅然とした態度でナツの手を振り払い、乱れた襟を事務的に正す。
「これ以上奴に――グレイに近づくな。それと上級生には敬語を使え」
「は?」
「リオン・バスティア。オレは貴様と同じ学園の三年だ」
文句があるならいつでも来い。そうとだけ良い残し、彼はナツに背を向けた。
劇場の裏に消えていく彼の背中を、追いかける気にはなれなかった。
リオン・バスティア。その名前を胸に刻みつけ、ナツは彼の消えた闇を睨みつけていた。
end