彩加のひとしずく(更新中)

□幕
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 人が燃える音を、聞いたことがあるか。

 ついさっきまで呼吸していた命が、赤に舐められてか細い悲鳴をあげる。その声なき声を、グレイは目の前で聞いていた。

 重なるように倒れた二人の体から嗅いだことのない臭いがする。呪詛のように鼓膜にこびりつく、命が喰いつくされる音がする。

 ちらちら瞬く火の粉の中を、長身の男が悠然とした足取りで歩む。その爪先が自分に向けられているのに気づき、グレイは漠然と自分も『こう』なるのだと思った。

 涙に濡れた瞳で、燃える二人を踏みにじる男を見上げる。長い黒髪が火の粉に煽られ、悪魔の羽根のように広がった。

 薄い唇が開き、愉悦の息を漏らす。

「忘れるな、小僧」

 炎の中から伸ばされた爪が、グレイの額に触れた。鋭い痛みの後に流れてきた血で左の視界が奪われるが、拭う間もなく男に髪を掴まれ上を向かされる。

 男の歪んだ笑みが右目に刻まれる。吐息が触れそうな距離で囁かれた言葉が、グレイの心臓に絡みつきひっそりと笑った。

「貴様の今を燃やしたのは俺だ。全てを奪ったのも、奪うのもこの俺だ」

 思い出せ。酷薄な唇が吊り上る。

 これからの人生で鏡を見るたびに思い出せ。父親譲りの黒を。母親に似た意志の強い眼差しを。そして左の額に刻まれた、憎い男の所有印を。

「おまえを」

 久しぶりに出した声は、随分と掠れていた。目の前で何度も両親の体を貫かれ、その度に抗い痛めつけられた体が軋む。枯れた声が怨嗟をはらみ、静かに燃え上がる。

 どうして。どうして。どうして。
 
 男はこれまでなにも語らなかった。なんの縁もない家族の団欒を踏みにじり、犯した瞳は無邪気すぎる。

 まるで、暇つぶしのように。

 そしてそれは真実その通りなのだろう。少なくとも男はグレイの両親になんの興味もなかった。ただグレイが泣き叫び、血を吐くのを見て満足げに目を細めるだけだった。

(――ひとは)

 こんなにも誰かの苦痛を見たいと望むことができるのか。誰かの悲鳴を聞きたいと飢えるのか。

 その命を、きっと握り潰すと。




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