短編2
□冬の影
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依頼書によると、夕日が差し込む時間になるとこの柱から奇妙な影が伸びるのだという。斜めった柱だけのものではなく、小さな人影がこの柱に掴まっている形の影が。
「間に受けて考えりゃ、掴まってんのはその魔物だって話だろうが……」
それでは本当に怪談だ。ぽつりとひとりごち、グレイは空を見上げた。どんよりと広がっている厚い灰色の雲に、内心日にちを間違えたなと思う。
実際に影を見ればそこから魔力を感じられたかもしれないが、この雨では術者も来ないかもしれない。
また日を改めるかと、グレイは雨よけに被ったフードの位置を直した。水をはじくよう魔法がかけられたコートを着てきたが、手足はある程度濡れてしまった。
洗濯がめんどうだな等と、しようもないことを考えて踵を返す。その時、不意に耳元で小さな声がした。
――ミナイ
「……は?」
誰かいるのかと、グレイは周囲を見回した。だが濡れた茶黒い景色が広がるばかりで、人影などない。
なにかの音を聞き間違えたのだろう。そう自分に言い聞かせ、グレイはずれたフードを深く被る。そのまま去れば良かった、そのまま気のせいにして。
だがグレイはなにも考えず、ふと湧き上がった好奇心のままに。
後ろをふりかえった。
しとしとしとしとしとしとしと。
細い細い雨が垂れ下がってくる薄暗い道。その傍らに佇む斜めの柱から影が伸びていた。
心臓が勢いよく胸を叩く。まとわりついていた湿気はどこかに消え、干上がった口が痛い。ざわざわと血液が耳のそばで騒いで口元がひきつった。
柱から伸びる影は細かった。細くて、ただの棒の形をしていた。
安堵に息を吐き出したのもつかの間、ひゅっと喉の奥が鳴る。
なぜ、影ができている。
――フリ
またあの声が耳元でささやいた。どこか楽しそうなそれは子供のもので、フードの中でわんわんと反響する。
これは魔法か。違う、これだけのことをしていて魔力を欠片も感じないのはおかしい。
――ミナイ、フリ
なにを言っている。なにを言っている。なにを言っている。
――ミナイフリ。
グレイは見た。自分の足元から伸びる斜めの影。そこにしがみつく――。
「ッ、あああああああああ!」
気づけば力の限り叫び、その場から駆け出していた。走りながら自分の影を見る。影に引きずられる子供の影を見る。
爆発しそうな心臓をなんとか飲み込み、雨の街を駆けた。人のいる地域に出ても、その影はついてくる。
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