短編2

□冬の影
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 妙な依頼だな、というのが率直な感想だった。

 いつもより少しだけ静かなギルドの、クエストボードの前。いつもそこで迷っている仲間の姿はなく、珍しく誰も仕事を探していないようだ。

 それもそうかと、酒場の窓から外を見る。今朝方から街に降り出した雨は強く、億劫だとギルドに顔を出していない者もいる。それに、顔は出したものの仲間と飲んでいるうちに外へ出たくなくなるというのが、雨の日のギルドにありがちなパターンだ。

 雨の日は頭が重くなるグレイも、ギルドでゆっくりと過ごすことが多い。雨のせいでフラストレーションがたまったバ火竜を中心に喧嘩が起こるのも、ある意味このギルドの名物だ。

 だがいつも喧嘩の中心になるナツは、今ギルドにいない。たまには静かな時間も良いが、暇を持て余して依頼書を眺めるしかないのも事実だ。

 どことなくだらけた雰囲気の酒場を一瞥した後、先ほど目に留まった依頼書に視線を戻す。

 少し古びた依頼書は、随分前からそこにあったのだろう。ボードの端っこで慎ましやかに人を待っていた。

『夕方に現れる謎の影の調査』

 まずタイトルが怪しい、謎の影とはなんだ。大して額も大きくないそれは、季節外れに怪談じみていた。夏ならこういう類の依頼もあるが、冬にもなると大抵はなくなるものだ。

 いつもならそんな得体の知れない依頼には手を出さない。なんとなく、それは本当に気まぐれというやつだったのだろう。

 依頼書を手にとったグレイは、カウンターで花をいじっている看板娘に声をかける。依頼書の番号を言うと意外そうな目で見られるが、それは自覚済みだ。

「どうせ誰かの影魔法かなんかだろ、ヒマだしちょっと行ってみるわ」

 面白いものが好きと公言しているグレイだ、すぐに納得顔を見せた彼女に手を振り、雨の日のギルドを後にする。

 その背中を、丸い二つの目が見つめていた。


◇◆◇

 依頼書にあった現場は、マグノリアの西部にあたる少し寂れた地域だった。どんな栄えている街にもこういう場所はある、視界のほとんどが田畑で、民家がその中にちらほらと点在している。

 夏はさぞかし緑の美しい田舎なのだろうが、あいにくと冬の雨にしどと濡れた様はひたすらに淡々としている。むき出しの茶色がいっそ哀れだ。

 田んぼを横切るように細いコンクリートの道が敷かれており、依頼書の影ができるのはどうやらここらしい。グレイは依頼書をぞんざいにポケットにつっこみ、背の高いそれを見上げた。

 ただの古びた、木の柱。

 グレイにはそうとしか見えなかったが、地元民の話ではこの地に所縁のあるものらしい。昔悪さをした魔物が退治される際に穿ったもので、この棒にしがみついて連れていかれまいと抗ったという。

 連れて行かれる、ということはその魔物は魔導士に捕まり使役されたのだろう。悪さをしたのなら自業自得ではあるが、斜めった柱からその魔物の必死さが伝わってくるようで、少し同情した。



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