蛇足世界の物語(完)
□夢の旋律
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王命を受けてから、早二日。チームレグルスは動き始めていた。
物陰に隠れ、グレイとナツは周りの様子をうかがう。
人通りがないことを確認して、グレイは物陰から姿を現した。ナツはそのまま待機している。
二人が見すえるのは、ディアスブルガ教会。キリスト教という宗教を信仰する者達が、ここに集まるらしい。
グレイはロキに渡されたフードつきのローブを纏い、自分の首に奴隷の証だという首輪を装着した。
この世界でも、奴隷取り引きは行われているらしい。違法であっても、全ての者が法を守ると限らない。
用意を終え、グレイは舌打ちしてナツを睨みつける。
「なんでおまえと行動なんだよ……」
「ああ? 文句ならロキに言えって」
このチームのリーダーはロキだ。作戦を立てるのも彼であり、基本的にはそれに従わなければならない。
それに役回りも、妥当といえば妥当だ。グレイにはこれぐらいしかできない。
グレイは心を決め、フードを深く被りなおした。そして思い切り地面を蹴って走り出す。
駆け寄った教会のドアは、固く閉ざされていた。頭上に光るステンドグラスが眩しい。
「誰か開けてください、お助けを!」
慣れない言葉づかいに、舌がもつれそうになる。それが良い具合に慌てているように響き、グレイは跳ねる心臓を押さえつけた。
しばらく落ち着かない気持ちで反応を待っていると、ドアの内側から開錠の音が聞こえてくる。
キィ、と軋んだ音をたてながら、重厚なドアがかすかに開かれた。隙間から覗く暗い眼差しに、グレイの口が強張る。
目の周りのシワから、覗いてくる者が老人だとわかる。だがこの目つきは、明らかに只者ではない。
「どうされましたかな」
訊ねてくる声も、低くかすれている。教会にいるにはそぐわない陰鬱さだ。
暴れる心臓を服の上から宥め、グレイはフードを外して首を見せた。
「売られるところを、逃げてきたんです。どうか神のご加護を……」
奴隷の証の首輪は、黒く禍々しい鎖だ。それがじゃらりと音をたて、老人の目が細められる。
ゆっくりと開かれるドア。グレイは礼を言いながら、隙間に体を滑り込ませた。
教会の中は、老人の陰鬱さとは裏腹に明るいものだった。ステンドグラスから差し込む光を受けながら、信者達が真摯に祈りを捧げている。
老人は門番だったらしい。グレイが教会に入った瞬間、またドアはしっかりと施錠される。
どうすればいいのかわからず、グレイは立ち止まったままだ。門番はのそのそと歩き、信者達の方へ進んでいく。
絨毯の敷かれた床に膝をつき、手を組んで祈る十数人の人々。彼らの前で聖書を朗読しているのは、恐らく司教というものだろう。
門番になにやら耳打ちされた司教は、聖書を一度閉じた。朗読が止まっても、信者達は微動だにしない。
「迷い子よ、ここへ」
なにが迷い子だ。そう言いたい気持ちをこらえ、グレイは司教に向かって歩き始めた。
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