ショート

□Saint Valentine's Day
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二月一四日。三世紀にローマで殉教した聖人バレンタインの記念日。この日,相愛の男女が愛を告白し,カードや贈り物をとりかわす。


街では一ヶ月以上前からバレンタイン用のチョコレートが派手やかに飾られている。
お店に入るだけでチョコレートの甘い香りが広がる。今年もこの季節がやってきたのだと実感する時だ。
この時期になると浮かれるのは女性だけではないはず。
貰えるかもしれないと心躍らす男性も数知れず。
毎年貰えない者に対しては最悪かもしれないがどこかで今年はどうかと、期待もするかもしれない。
だが臨也にとってはどうでもいいことだった。甘いものは嫌いだし、今まで人間観察をずっとしてきた結果、毎年同じような行動になっている。それに少なからず飽きていた。

事務所に届くチョコレートやプレゼントは波江に処分するように伝えているので部屋はいつもスッキリしている。
それに比べ、静雄は甘いものに目がない。毎日気付けばチョコレートを口にしている。
「シズちゃんはこの時期は機嫌がいいからな」
池袋に行けばすぐに見つかってしまうが、この時期、1月から2月に掛けていつもよりも見付かる回数が少ない。
「チョコに気を取られて俺どころじゃないってか」
むかつくなあ。

「逆に俺の方が見つけてさ、まあ逃げれるからいいけど」
遠くから叫び声と自販機が高く上がるのが視界に入った。あれだけ暴れれば誰でも気付く。
立ち止まっていた臨也だったが人が飛び交っている方向へ歩いていった。



「ぅおりゃぁぁあああ!!!」
静雄が3台目の自販機を投げ襲ってきた最後の一人となった不良の横を掠めそいつは気絶した。最後まで残っていたにも関わらずあっけなく終焉した。
「よ、お疲れさん」
「トムさん、サンキュっす」
終わるまで待っていたトムは静雄が飲みかけていたシェイクを静雄へ手渡しご機嫌で受けとった。
「しっかし毎日よく来るなー、おめぇも大変だな」
「もう慣れたっす。それに何か数減った気もするし」
「そうか?まああんま無茶すんな」
背中をポンと叩き気遣ってくれる。それに笑顔で返した。
気付くと臨也は声をかけていた。
「シーズーちゃーん」
「あ゛ぁ?!」
気に入らないあだ名で呼ばれ静雄の機嫌は悪くなった。声の方を向くと声とは反対に、あからさまに不機嫌な臨也がいた。
それに違和感を感じ抜こうとした電柱に手をかけたまま固まってしまった。
「まーた暴れたみたいだね、今回も派手にやっちゃってさ、あ、言っとくけど最近君に喧嘩をふっかけてるやつらは俺が仕向けたわけじゃないからね?俺も俺なりに忙しいし君にばかり構ってあげられないんだ」
「何、怒ってんだよ」
「怒る?俺が?さっきから暴れて機嫌が悪いのはそっちでしょ?俺に当てないでよ」
「いや、当たってるのお前だし。やっぱおかしいだろ?」
野生の感は何故こうも当たるのだろう。こんな時は暴れ回ってくれたほうが楽になるのに。

「……が………んか」
「は?」

「シズちゃんが悪いんだよ!!」

「っ」
大声を上げたことで周りが立ち止まり二人に視線が集中した。静雄は臨也が叫ぶのを初めて聞いたので唖然としていた。
その静雄をほって臨也はその場を立ち去った。

ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくっ!

静雄の機嫌がいいのが無性に腹が立つ。甘い匂いで気分が悪いというのに、なんであんな笑顔を向けるんだ。
「俺が話かけたら崩すくせに」
本当腹立つなあ!
そんなこと思いたくないのに、気付いてしまってからは気持ちが制御出来なくなってしまった。
いっそのことバラして新宿を離れようかと考えていたこともあった。でも逃げるのはプライドが許さない、このまま喧嘩という殺し合いを続けなければ。
「帰って波江のコーヒー飲も」
とにかく落ち着かなければ、仕事に支障が出る。商談相手には冷静でいなければのまれてしまう。
人混みに紛れ、静雄のことを忘れようと仕事のことに集中した。今では趣味の人間観察も疎かになっていた。



2月14日
バレンタインもいよいよやってきたかと雰囲気を醸し出す。女子学生は年齢関係なくきゃっきゃっと楽しそうに会話を弾ませていた。
誰にあげる、あの人は脈ありだからあげてみたら、等と色々な想像をし朝の寒い中頬を赤らめる。

臨也はその中を一人歩いていた。ここが新宿ならば高みの見物と行くところだが、今いる場所は池袋、油断すれば自販機が体にぶつかってくる。それだけは避けたい、というよりその人物に会いたくない。仕事を終えて直ぐさま帰ろうとしていた。
早足になっていた所、目の前に会いたくない人物が飛び込んできた。

「会いたくないときに限って現れるよね、シズちゃん」

トムと一緒でないところを見ると休憩中らしい。短くなったタバコを携帯用灰皿に押し付け睨みつけてくる。
「手前がここに来なきゃ済む話だ」
舌打ちをしあからさまに不機嫌になる。
それが嫌で臨也がペラペラと喋り出すが、更に静雄の機嫌が悪くなる一方。それでも臨也の口は止まらない。それがどのくらい続いたのか、静雄の変化に気づく。
「何かおとなしいね、今日は殴って来ないの?」
「見逃してやる、今日だけだからな」
「あーチョコ貰って浮かれてるからか、そんなにたくさん貰ってたら殴りたくても殴れないもんね」
静雄を知っている友人やら懐かれている子供から貰ったものだと直ぐにわかる。
大きめの袋にまとめられ大事に抱えられて歩く姿は他の男性からしたら何とも羨ましいものだ。
「甘いもの好きのシズちゃんには有り難いよねーでもそれ全部食べたらお腹壊すでしょ」
「自分が貰えないからって当たるなよ、可哀相なやつ」
「生憎君とは違って俺にくれる人は山ほどいるからね、全部事務所に送って貰ってるんだよ。よかったらわけてあげようか?処分するのも大変だからね」
「手前に贈られたものなんか貰えるか、その人達が可哀相だろうが」
臨也から貰うものは全て怪しいと認識しているので受け取らないようにしていた。
それにせっかく渡したその子達の気持ちまで台なしにしたくない。
「あっそ。まあそんだけあれば十分か。右手に持ってるものなんか得に大事なんだろうしねー?」
一つだけ大きな袋には入れず、黒い小さめの手提げ袋だけ手に持っていた。
臨也に言われ気まずそうな表情を浮かべた。
「別に大事ってわけじゃ」
「明らかに動揺してるじゃん。誰から貰ったの?茜ちゃん?それともこの前出来た後輩から?」
「これは…」
「知りたいわけじゃないから言わなくてもいいけどさ、シズちゃんにも本命がいたんだって思っただけだから、よかったじゃん、化け物でも好きになってくれる人がいて」
禁句の化け物と言えば暴れて追いかけっこが始まると予想していた。だが静雄は怒るどころか今までないくらい静かだった。
反撃してくる、臨也はそう思っていたのに。

「……やる」
「、は」
「元々、手前に渡すやつだったから」

何でシズちゃんが?
わざわざ誰かの為にずっと持ってたってこと?
俺に会うかもわからないのに?

乱暴に突き付けられ、反射で受けとってしまった。
静雄はさっさと行ってしまい、静雄がどんな表情をしていたかを見るのを忘れるくらい臨也の心は袋にあった。
静雄が誰かの為に大嫌いな臨也にこんなものを渡した。
頼まれたら断れない性格の静雄だ、お願いをされて断れなかっただけだ。そう、それだけ。

この袋に入ったチョコが静雄からのだったらなんて、甘い考えだ。



「あら、もう帰ってきたのね」
「珈琲いれて」
「ずいぶんと機嫌が悪いようだけど、目的のものは貰えなかったのかしら?」
「俺はただ仕事に行っただけ、チョコが欲しくて池袋に行ったわけじゃないから」
「私が言ったのは情報のことなんだけど?」
「……」
いつもの仕返しとばかりに波江の言葉が突き刺さった。
貰えたと一言返し椅子に腰掛ける。静雄から受けとった袋を無造作に置きそれを見つめた。
「それ、静雄からでしょ?何故不機嫌になるのよ」
「何でアレからだって言い切れるわけ、しかも違うし」
「あらごめんなさい。てっきり袋が一緒だったから貰ったのだとばかり」
「袋が一緒?シズちゃんが買うのを見てたってこと?」
「見てたわよ。だって一緒に買いに行ったんだもの」

「は」

煎れたての珈琲を置き仕事に戻ろうとする波江を慌てて引き止めた。
「ちょ、ちょっと待って、どういうこと、シズちゃんと買い物って、しかも」

バレンタインのチョコを買いに?

「私が彼を誘ったの。誠二に渡すチョコの材料を買いに行くから一緒に行くかって聞いたわ」
「そしたら…」
「あっさりと了承してくれたわ。彼は買うつもりなかったみたいだけど」
「……」
なんて羨ましいんだ。シズちゃんと買い物なんて夢のまた夢。それをこの女はあっさりとやってのけた。

「いつ仲良くなったの」
「彼頻繁に来ていたから、あなたがいない間に少し話をする程度よ」
それでも自分を怖がらない波江に警戒心が薄れていったのだろう、そうでなければ静雄が誰かと買い物なんてありえないのだ。
「買うつもりがなかったって言ったけど、シズちゃんは結局買ったんだね」
「ええ、気になるものを見つけたみたいだったから"最近は男からも渡すみたいよ"と言ったら悩みながらも買っていたわ」
「それ誰にあげるとか」
「聞いていないわ、私が聞く権利はないもの。でも、大切な人でしょうね」
「聞いてもないのに何でわかるの」

「笑っていたから。とても優しそうに」

波江までも静雄の笑顔を見たことがある、やはり自分だけかと臨也は落ち込んだ。
「シズちゃんが大切な人に…家族ならまだいいけど」
「調べればいいじゃない」
「知りたいけど知りたくない」
「何それ」
冷たい目で見られるのは慣れている。だがいつもよりダメージが大きい。
「シズちゃんに本命…」
調べれば誰が好きなのかすぐにわかるが、その相手を知りたくない。もし身近な人なら、いや、そうでなくても確実にその人物を殺してしまうだろう。
「落ち込むのは勝手だけど仕事してくれる?でないと帰るわよ」
「はい」
仕事はある、波江に手伝ってもらわなければ終わりそうもないのだ。仕方なく仕事に集中した。


数時間後
切りが良く休憩にしようと椅子に寄り掛かった。それを見計らったように波江がカップを持ってきた。
香りから紅茶だとわかる。
「流石だね」
持ってきたそれをゆっくり口へと運ぶ。温かい紅茶が喉を潤す。
何を思ってかいつもは置くことのないお菓子を持ってきた。
「疲れた時は甘いものでしょ」
臨也が尋ねる前に言われてしまった。
数秒見つめて手を伸ばした。目の前に置かれ、たまにはいいだろうと思いそれに触れた。茶色く一口サイズのそれは如何にも甘いと強調しているようで中々口に入らなかった。
「嫌なら食べなくていいわよ」
「食べます」
思い切って口の中に放り込んだ。

「……美味しい」

思っていた味と違い目を見開いた。
それほど甘くなくチョコの濃厚さも少ない、入れた瞬間に溶けてなくなってしまった。中に入っているラズベリー、チョコに少しだけお酒が入っているが、強調しない加減がまた次を欲しくさせる。
「これ、どうしたの」
「貴方がさっき持って帰ったものよ」
「そう」
これをくれた人は臨也のことをよく知っている。甘いものが嫌いな臨也にチョコを渡すなんて勇気がいる。
誰がくれたのか、少しだけ気になった。
思考を巡らしている最中、一台の携帯が音を立てた。
「もしもし」
『やあ臨也、気分はどうだい』
相手は中学から馴染みの闇医者、新羅からのものだった。
「別に普通だけど」
『あれ、僕の予想だと最高に気分が上がっていると踏んだのに』
「何故そう思えるの」
『静雄からチョコ貰ったんだろ?だったら大喜びじゃないか』
「確かにシズちゃんから受けとったけど本人からのものでないと意味がないでしょ」
『え、でも静雄はちゃんと自分の渡したって…あれ、これは言わない方がよかったのかな』
忘れてと電話越しから慌てた風に言われ心臓が高鳴る。
「ちょっと待って、その話からするとこのチョコって…」
シズちゃん本人から?

あーやうーと唸る新羅に臨也は切羽詰まった声で聞いた。
「そうだよね新羅、そう思っていんだよね?」
新羅は無言になり後に、僕からは何も聞かなかったことにしてと、言われ電話は切れた。
先程食べたチョコに視線を戻し一つ口に放り込んだ。
「美味しいに決まってる」
シズちゃんが俺を想いながら買ってくれたものだから。

「あーヤバい、隠し通すなんて無理」
今すぐに静雄の所へ行き抱き着き想いを告げたい。
でも照れ屋な静雄だ、俺にチョコを渡したなんて絶対に認めないだろう。
「とりあえずホワイトデーまではそっとしておこう。それまで我慢」
あと一ヶ月、静雄が喜ぶお返しを何にしようかと考えた。



END

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