ショート

□夢心地
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「おい静雄、それ以上飲むな」
「らいじょーぶ、まらのめるからあ」
「呂律回ってないだろ、止めとけ」
「…かろたのけちー」


久しぶりに立ち寄った露西亜寿司。静雄は気分が降下していたため気晴らしにお酒を飲もうと立ち寄った。座敷の方から静雄を呼ぶ声が聞こえ、誰かと思えば門田達だった。
いつもの賑やかメンバーに一緒に飲もうと進められ言われるがままになってしまった。
普段から飲まない静雄はお酒の種類もわからず、門田達に任せることにした。
だがそれがまずかった。
「静雄、いい加減にしろ」
「いーやー」
門田は気を使いアルコールの少ないものを選んでくれてたのだが、連れの狩沢に手渡されたものを口にした途端性格が一変してしまった。
「まさかシズちゃんがお酒に弱いとは知らなかったわ〜」
「そうっすね、よく飲んでいそうっすけど」
「いや、静雄は滅多に飲まねえよ。酒より甘いもんだからな」
「いやー人は見かけによらないっすね」
「ギャップいいわ〜ここでもう一つ展開があれば面白いんだけどねー」
「例えば?」
「言わせちゃう〜?そりゃ勿論!酔ったシズちゃんがドタチンに抱き着いて離れなくなってお持ち帰りしちゃったり、このままシズちゃんから押し倒してガバッと行ってちゅ〜とかしちゃったり、あるいは人前で大胆に過激プレイだとかっ」
「狩沢さんっそうやって身近な人で結び付けるの止めてくださいっ」
「え〜言わせたのは渡草っちだよー」
「俺のせいかよっ」
「お前らその辺にしとけ」
狩沢の妄想が始まるのはいつものこと、門田はまたかと呆れるばかり。
「ねーねーシズちゃん、ちょっとでいいからさ、ドタチンに抱き着いてみてよ」
「狩沢ぁ?」
「ちょっとだけいいじゃんかーたまには目の保養も必要だよ!」
「そんなものを保養にするな」
「かろたにらきつけばいいのか?」
「そう!ちょっとだけでいいから!お願いっ」
「あのなあ狩沢、いくら静雄が酔ってるからってそんなこと」
「いいぞ」
「「「えっ」」」
「きゃー本当に!?」
目が輝く狩沢、一方静雄はトロンとしており焦点も合っていないようだった。
静雄は隣に居た門田の方に向き直った。
「ま、待て静雄、狩沢の言うことなんて聞くことないぞ」
「んーん、おれがぎゅってしらいらけ」
「きゃー!この展開を待ってたのよ!シズドタ?それともドタシズ?とにかく萌えキター!!」
「狩沢さん落ち着くっす!」
携帯片手にカメラモードに設定しシャッターチャンスを待ち侘びていた。
「どうせならムービーで撮ってれば良かったわあ。シズちゃんのあんな言葉滅多に聞けないもの。レアよレア!」
落ち込んだ声色を出していたが顔はとても明るかった。
「かろたぁ……だめ??」
「っ、お前なあ」
「その顔の傾け具合最高!ドタチンが唾飲み込むくらいだもん、あともう一押しで落ちるわよ!」
いつにも増して狩沢のテンションが上がりまくりだ。遊馬崎と渡草は止めることを諦めた。端の方に寄り、なるべく視界に入らないように二人でお酒を飲んでいた。
「全く、これだから酔っ払いは…」
深いため息を吐き抵抗するのをやめた。元々力では敵わないのだから、酔っていても力の差は歴然だ。
抵抗がないのがわかった静雄は門田に思い切り抱き着いた。勿論力は抜いてあるので人並み程度だ。
人に触れ落ち着いたのか、力を抜いてほお擦りをする姿は普段からは想像出来ない。
「ドタチン何やってんのさ!」
「あ?何もしてねえだろ?」
「だからダメなんじゃん!ドタチンもぎゅうってしてあげなくちゃ!」
「それはできねえだろ…」
キーと悔しがる狩沢だが、そこまでは期待していなかったのか、門田の性格を知っていたからか、すぐに諦めた。
「あー、でもシズちゃんってお酒飲むと積極的になるのねえ。ほんとビックリ。そうだ!今度はイザイザも呼んで3Pなんてどうよ!今からでもいいけど!」
「いざや……?」
ピクッと反応した静雄、声のトーンも幾分低くなった気もする。
「おい狩沢、アイツの名前は出さねえ方が、」
「ぃ……な…」
「、静雄?」
ボソッと小さな声で言う静雄。途切れとぎれで門田にも聞き取り難い。
「ぃざや……なんか、きらぃ…」
今にも泣き出しそうな声に門田は何も言えなかった。暴れるかとヒヤヒヤしたが、そんな心配はなかった。
「なになに、二人の雰囲気ちょー良くない?このままガッツリいっちゃってもおかしくないてんか」
「静雄、何かあったのか?」
とうとう狩沢の言葉を無視することに決めた門田は静雄に話しかけた。狩沢は気付くことなく妄想の世界に入り込んでいた。
「な、も…ない…」
鼻の啜る音が聞こえ流石に焦った門田。まさか泣かせたか?と内心ドキドキしていた。
「あー、静雄、何か甘いもの食べるか?ここじゃまともなもんは出ねーけど」
「いらない」
「なら帰るか?明日も仕事だろ?」
「やら。まらここにいる」
「……」
もう諦めるしかないのか…
何を言っても静雄の気持ちは晴れないし門田から離れることもない。門田は静雄の気が済むまで大人しくすることにした。
「ここからどんな展開にするのよドタチン、シズちゃんの可愛さに堪らず押し倒しちゃう?それとも」
「狩沢さん、そろそろ静かにしたほうがいいっすよ」
「えーこれからが良いとこなのにぃ、折角連絡もしたんだしさー」
「連絡って、誰にっすか?」
「うふふ、それは勿論!」
「俺のこと?」
颯爽と現れたのは誰もが知る人物。その場にいた者が顔を青くした。二人を除いて。
「早かったねーイザイザ、さっき電話したのに」
「まあね、それよりシズちゃんは?」
イザイザこと折原臨也は目的の人物を探した。
「あそこだよ、今ね、ちょーいい感じなの!イザイザはどうやって入ってく?」
狩沢の指した方向に目をやると、遊馬崎と渡草が必死で隠そうとしていたが、意味を成すことなく見つかってしまう。
「シズちゃん…」
名前を呼ばれ気づいた静雄はそちらを向いた。
「い、ざ…」
ハッとした静雄は門田から距離をとった。いくら言っても聞かなかった静雄が。
「へー、そういうこと」
「ちがっ、これは」
「急に居なくなるから探してたのに、意味なかったんだ」
「だから、これは…」
「いいよ気にしなくて、俺は仕事に戻るから。お邪魔しました」
臨也が去り沈黙が続いた。それを打ち破ったのは狩沢だった。
「遊馬っち、さっきの会話……聞いた?」
「そりゃ勿論っす、やっぱり二人がそろうと雰囲気がピリピリしますね」
「これは何かあったのよ、絶対」
「無いときないじゃないっすか、いつも追いかけっこして」
「絶対何かあったのよ、でなければイザイザが嫉妬なんて…」
「嫉妬にしてはあっさり引いて……あれ、嫉妬?」
「あれは絶対嫉妬よ!シズちゃんが抱き着いててあの反応はまさにそれだよ!もしかしなくても二人は付き合ってるよね!そうでしょ!?」
狩沢の言葉が耳に入っていないのか、静雄は臨也が去った方向をずっと見ていた。
「静雄、行かなくていいのか?」
「っ、でも…」
「そうよ!今行かないとイザイザ他の人のとこ行っちゃうよ!イザイザ顔はいんだから!」
無視されたことは全く気にしていない様子だった。
「静雄」
「だって!…行ったって、どうせ」
「静雄らしくねえぞ、いつもなら何でも突っ込んで行くだろ」
「でも…」
「でもじゃねえ、ほら、行ってこい」
背中を押され渋々立ち上がるが相当酒が回っており、壁に手を付きながらゆっくりと歩き出した。
「頑張ってねシズちゃん!私達応援してるからね!」



門田達に背を押され露西亜寿司を後にしたものの、何と言えばいいのかわからなかった。
臨也と静雄が付き合いだしたのは数ヶ月前。静雄が勢いで告白してしまったのがあっさりとOKされ、思いの外順調に進んで行った。
それからは喧嘩もなかったし臨也が静雄に触れる時は壊れ物を扱う様な優しい接し方で、静雄も躊躇いながらも、嫌がることも甘えることもせずされるがまま、臨也は何も言わなかった。
でも静雄はそれが不安だった。上手く行き過ぎている。
男が男に告白して、さらに殺し合っていた二人が恋人になるなんて夢ではないかと何度も疑った。もしかしたら臨也は静雄を好きではなく、反応を伺っているのではないか。そんな不安がどんどん膨らんでいった。
今日も臨也の家に訪れていたが臨也は仕事ばかり、静雄に視線を向けることはない。それに耐え切れず黙って外へ出た。
酔えば気持ちも楽になると思い露西亜寿司へと行ったが、そこに臨也が来るとは思いもしなかった。それに喜びを感じたが、臨也の反応を見ると呆れているのが伝わった。追いかけても意味がない、そう思った。
動いていた足は止まり壁に寄り掛かる。携帯を取り出し履歴から臨也の名前を呼び出す。滅多に電話をしない静雄の携帯はメールも通話記録も臨也の名前しかなかった。それにまた虚しさを感じる。
静雄は今日初めて自分から臨也に電話をした。
一回二回、コールが鳴り続く。やっぱり出ないか、と諦めた直後音が止まった。
『…もしもし』
「……っ、」
出たことの嬉しさと何と言おうかの困惑とが混じり合い言葉が出なかった。
『何、用がないなら切るよ』
「ぁ、その……さっきの、」
『その話は聞きたくない、どうせ言い訳下手なんだし無理しなくていいから』
「無理なんてっ」
『別れよ』
あまりにも突然過ぎて頭の中が真っ白になった。言われることは覚悟していた。だが実際に臨也の口から聞くとかなり辛い。
「い、いざ…」
『まさか俺が遊ばれるなんて思わなかったよ。短い間だったけど笑えるネタはあったんじゃない?』
折原臨也が平和島静雄に優しくしていましたなんて。
『好きに言い触らせばいいよ。君とはもう関わらないから』
「やっ、……っ」
嫌だ、ずっと側に居たい。
そう伝えたい。
でも、俺がいると、邪魔…か?
そんなことが頭の中に浮かんだ。臨也の邪魔はしたくない。静雄は自分がいることで迷惑をかけているならいっそ離れた方がいいのではないかと考えた。
俺が好きになったから臨也が困ってる。そんなの、嫌だ。
「……わかった」
『………』
「別れる、もう…喧嘩も、売ら、ない…っ」
これが臨也と最後の会話。目には涙が溜まり零れていく。悟られないよう唇を噛み、声を押し殺した。
「っ…ごめ、」
静雄は耐え切れず携帯を閉じた。体に力が入らず地べたに座り込む。
「っ、……ぅっ…」
終わってしまった。
もう元に戻ることもない、口論することも、殺し合いをすることも、何もかも、終わり。
「ざゃ…っ、いざやぁ…」
まるで子供のように泣きじゃくった。
好きだった、最初に会った時からあの赤い瞳から目が放せなかった。
もう恋はしない。
臨也以外を好きになることなんてない。
臨也のことを嫌いになればどれ程楽か、そんなこと、簡単には出来ないのだけど。
「いざ、の……ばかぁ…っ」
それを言うのが精一杯だった。

「ちょっと、誰がバカだって?」

聞き慣れた声に嗚咽が止まった。
まさか、どうして、本当に?
「俺がいないところで酷いこと言うね」
「い、ざ…」
「こんな街灯のないところで、誰かが来たら」
「なんで、ここ…」
何もない路地に静雄がいることがわかったのか、どうして此処に来て話し掛けたのか、疑問なことが多すぎる。
「あんな声聞かされたら迎えに来るのは当然だ」
静雄の方へと手を伸ばし涙を拭き取る。僅かに赤くなった瞼を親指でソッと撫でた。
「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ。シズちゃんがドタチンに抱き着いてるの見たら堪えられなくて…俺より、ドタチンのほうがいい?」
「違っ、いざやが、いざやがいいっ、いざやじゃないと、っ…」
「うん…ごめん、変なこと聞いた…お願いだから泣かないで」
コートを引っ張り力強く握ってくる静雄を頭からギュッと抱きしめた。静雄は背中に腕を回し隙間が出来ないくらい抱き合った。
「別れたくないっ、いざやとずっと、一緒にいたいっ」
「うん……何があっても絶対離さないから、シズちゃんが俺のこと嫌いになっても、この手は離さないから」
俺が嫌いになるなんて絶対ない。静雄は心の中で思った。言わなかったのは、今は臨也の温もりを感じていたかったから。




「起きてシズちゃん、遅刻してもいいの?」
カーテンを開けられ閉じていた瞼が段々と開いていく。目の前には臨也の顔がありそれほど眩しくなかった。
「おはよ、シズちゃん」
「……はよ」
挨拶をすればおでこに軽く口づけされる。いつの間にか習慣になってしまった。

あの出来事があってから静雄は臨也のマンションに一緒に住んでいた。臨也がどうしても一緒に住みたいと駄々をこね静雄が渋々了承した。静雄自身満更でもない様子だったが。
「ほら顔洗って、目覚まして来なよ」
重たい体を起こし臨也が部屋から出るのを見送る。毎日の光景のはずなのに静雄は全く慣れていなかった。
朝目が覚めて好きな人の顔を一番に見れるのは嬉しいのだけれど羞恥の方が上回る。静雄の顔は今日も朝から真っ赤になっている。






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