ショート

□お酒の力
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「チッ」
新羅のマンションへ着くなり舌打ちをする静雄。服はボロボロで体中刃物で切った跡が静雄の白い肌を強調する。
何故そうなったかは言うまでもなく、機嫌が最高に悪いのもわかる。
「落ち着きなよ静雄。今珈琲入れるからさ」
手当てする気持ちは全くないらしい。静雄の回復力を知っているので、ここに来た時にはもう傷も塞ぎかけている。それでも新羅の所へ来てしまうのは癖のようなものだ。苛立っていた静雄も新羅やセルティがいるこの場所へくれば自然と落ち着いていく。今セルティは出掛けているのでこの場には新羅と静雄の二人きりだ。
机の上に置いてあるコップに目がいき自然と手が伸びていた。
「この水でいい」
「え、水?」
喉が渇いていた静雄はリビングに置いてあった水を一気に飲み干した。
「僕水なんか置いた覚えは」
覚えはないよと、伝えようとした新羅だったが、コップが割れた音とドサッと何かが倒れる音がしその声は静雄に届くことはなかった。
また物を壊したな。新羅は重い溜め息をし熱々の珈琲を二人分入れてリビングへ向かった。
そこに静雄の姿はない。
「静雄ー?」
トイレにでもいったのかと思いカップを机の上に置いた。そこで新羅は気付いた。机の向こう側でコップが割れているのを。
仕方なく破片を拾おうと側へ行くと静雄が倒れているところを発見した。
さすがに焦った新羅は静雄の首へ手を当て脈を探す。正常の感覚に一先ず安堵する。
何故静雄は倒れてしまったのか。
念のため体中にある傷を診てみたが大したものはない。やはり塞ぎかかっている。
そこで気付いたのが静雄の顔が赤いことだ。
「あ、思い出した」
唐突に言った新羅は割れたコップへ手を伸ばした。
「お酒だ」
しかも濃度の高いやつ。
元々弱い静雄は滅多にお酒を口にしない。透明だったことで水と間違えた。
「静雄って本当に馬鹿だねえ」
普通臭いで気付くだろうに。静雄の頭をポンと叩きソファへと連れて行く。
「よいしょっと」
半ば無理矢理投げ出すと、顔をしかめながらもソファに頬をなすり丸々って寝だした。
「こんな姿臨也が見たら何て言うか」

ピンポーン

「まさか…」
呼び鈴が鳴り玄関へ向かうと見知った顔があった。
「やあ新羅。俺の噂してたでしょ?」
「……君はうちに盗聴器でもつけてるのかい?」
「まさか。新羅の所につけても何のメリットもないよ」
たまたま近くに寄ったと言うが、どうも納得いかなかった。さっさと上がってしまった臨也の後を慌てて追い掛けた。
「用があるんじゃないのかい?」
「別に?ただ親友の顔を見にきただけだよ」
本当に親友と思っているかは定かではないが、付き合いはそれなりに長いのでそれ以上は言うのを止めた。
「やっぱり居た」
リビングに着き立ち止まった臨也の視線はソファで寝ている静雄に向けられていた。
「静雄を探してたんだ」
「違うよ。新羅の顔を見に来ただけって言ったろ?」
見るだけなら上がる必要はないんじゃないかな?
その言葉も相手に届くことはなかった。
「シズちゃん具合でも悪いの?」
「いや、ちょっとね」
寝ている静雄に近づき、額、頬へと手を滑らせた。
更にはキスするのではないかというぐらい顔を近づけた。
「酒臭い」
「水と間違えて飲んじゃったんだ」
「間違え…馬鹿だね」
「まあまあ。僕が無防備に置いてたのもあるし」
はあと溜め息をはく臨也。倒れたのかと心配をしたらしい。
素直でないのは新羅も知っている、自分は傷つけておいて倒れたら心配なんて、ほんとうに勝手。本人は自覚がないのだから困ったものだ。
「来たんなら静雄をベッドまで運んでよ。このままだと邪魔だし」
「君って時々酷いよね」
「臨也に言われたくないなー」
わざとらしい溜め息をし臨也は立ち上がろうとした。
ぐいっ
服を引っ張られ立ち上がることができず床に膝をついた。
「どうかした?」
「いや、シズちゃんが…」
服を握っていた相手は静雄。目は開いているがトロンとしており視点が定まっているように見えない。
「どこ、行く?」
いつもの迫力は何処へ行ったのか、逃がさないよう握られた手には力が篭っている。下手をすれば破れてしまうだろう。
立とうにも立てない臨也は、初めて見る静雄の姿に困惑していた。
新羅すらも言葉がでないようだった。
「ここに居ろよ」
何も答えない臨也に痺れを切らせ荒々しく言葉を放つ。
「俺に言ってるって感じではないよね、これ」
「どうだろうね」
首を傾げる静雄に臨也は視線をそらす。
「シズちゃんがこんなこと言うの初めて聞いたよ」
「僕も」
多分初めていっただろう。中々人に感情を見せない静雄、酔うと人に甘えるみたいだ。
「新羅、今日出かけるんじゃなかった」
「ん?別にそんな予定は…、ああ、そう」
臨也の言いたい事を悟った新羅は何も持たずに部屋を出た。
「数分だけだからね」
それだけ言い残し白衣を着たまま部屋をでていった。
「数分ね…いつまで言ってるんだか」
でも理解のある友人でよかった。
「とりあえず、ベッドまで行こうか」
臨也は静雄の顔を見ることができなかった。いつもの笑いが出来ない。臨也自身が慌てた。
こんなの俺じゃない。
静雄に向ける顔はいつも見下して、馬鹿にしたような笑いに、してきたつもりだった。
「まさかこんなことで崩されるなんてね」
服の袖を引っ張られ不意に静雄の方へ顔を向ける。
「元気ない?」
「そんなことないよ」
「うそ。いつもと違う」
そっと頬を撫でる静雄に目を丸くした。極力人に触れようとしない静雄が自分から臨也へと触れた。
「俺の、せいか?」
「え?」
「見かけるたびにじはんき投げたり、追いまわしたり、今日だって」
「ちょ、シズちゃん?」
「てめえは仕事できてんのに標識ふりまわして…」
「シズちゃん落ち着きなよ」
「も…てめぇに会わねぇ、あっても無視する」
「はあ…なんでそうなるの」
「いざやに迷惑かけたくない」
泣き出しそうな表情。
臨也は焦る気持ちを抑え、深呼吸をする。
「迷惑なんて思ってないから、そんなこと言わないでよ」
頬を触れていた静雄の手をソッと握りしめた。
「うそだ」
「嘘なんて言わないから、俺がいつ迷惑って言った?俺は嫌いな相手をいつまでも構うほど暇じゃないんだけど?」
「…ごめん」
「落ち込まないでよ、俺の言ってる意味わかってないでしょ?」
握った手を指先だけ持ち唇へ近づけた。
「俺は好きでシズちゃんのそばにいるんだよ?」
目を見開き驚きの表情で臨也を見遣る。
「な、なんで…っ」
「好きになるのに理由がいるの?」
「うっ…」
人を避けてきた静雄にとって好意を寄せられるのに抵抗があった。
そんな回数があるわけではないのでどう返したらいいか判断がつかない。
「でもっ」
「ちょっと、そんなに俺に好かれるのが嫌なわけ?」
「っ、違う!むしろ嬉しい…でも手前が本気ですきになるわけないって思ってたから」
「まあ確かに本気になるのは初めてだよ。しかも相手は男で化け物のシズちゃんだ。自分でもビックリしたよ、まさかこんなことになるなんてね。しかも両想いなんて」
「も、しゃべんな…」
言っている臨也より聞いている静雄のほうが恥ずかしそうに俯いている。
「そうだね、せっかく新羅も気を使ってくれたことだし、二人でいいこと、しようか」



数週間前の会話がこれ。結局二人でイチャラブしたのだが、あれから二人は会っていない。
元々、静雄は仕事がない限り新宿に行くことがない。臨也もそうだ、仕事だから池袋にやって来る。今日はその滅多にない仕事が入り、臨也は池袋の街を歩いていた。
静雄にどんな顔をして会おうかとドキドキしながら。だがそれも無意味となった。
「シズちゃんに会わない」
いつもなら避けていても静雄の方からやって来ていたのが、今じゃ姿が全く見えない。今日は仕事のはず、池袋を歩き回っていることは確かなのだが。
「避けられてる」
そう考えるしかなかった。
酔っ払っていた静雄だが、ちゃんと記憶があったのか、でなければ会わないのはおかしい。
恥ずかしいのはよくわかる。静雄のことだ、何もかも初めてだったはず。顔を合わせづらい。だが臨也がそれを許すはずもなく、静雄を探す為携帯を手に持った。あの容姿でバーテン服となるとすぐに情報は集まるだろう。



「───ぉ、…静雄」
「っ、はい」
「お前さー、最近変だぞ?ボーッとしてることが多いし、何かあったか?」
「いえ……何もないっす」
昼食を食べようとファーストフード店へ入ったトムと静雄。今もそうだがボーッとしていることが多くトムも心配していた。だが静雄は何もないの一点張り、これではトムも何もしようがない。
「ここの所折原臨也の姿も見てないなあ。自販機が飛んでねえし」
「っ、」
明白に肩を揺らし俯いた。
やべ、地雷踏んだか。
静雄の様子を見て話題を変えようかと思案したが、髪の間から見える耳が赤くなっているのに気付いた。怒りでそうなっていると思ったが暴言を吐かない静雄に、思いきって聞いてみた。
「折原と何かあったのか?」
「なっ、何も、何もないです!」
「静雄…」
真っ赤な顔で言われても説得力ないぞ。
静雄の様子からしていつもの喧嘩とは違うことがわかった。だとしたら。
「誰にも言わねえから言ってみ。セクハラでもされたか?」
「セクハラでは、ないっす…けど…」
顔から火が出そうなほど赤く、目を泳がせている姿があまりにも可笑しく、笑いそうになるのを堪えていた。図体がデカくてもこういう所は可愛らしいとトムは思った。
「無理して話さなくていいからな?」
「はい、……その、俺……臨也の奴と」
「シズちゃん」
変なあだ名で呼ばれ言葉が詰まった。その人物の話しをしようとしていたのだから尚更だ。声のした方に視線をやればいつものムカつく笑顔で静雄を見ていた。
「臨也っ」
「こんなものばかり食べてたら体に悪いよ?」
と言いつつ、静雄の前に置いてあるポテトに手を伸ばし口へ運んだ。
「何で手前がここにっ」
「たまたま見えたから話しかけたんだ。シズちゃんは俺のこと避けてるみたいだし?」
「別に避けてるわけじゃ…」
「そう?それよりトムさんに何言おうとしてたの?俺の名前が出てたけど、うわ、これ甘」
「何でもねえよ!てか飲むなよ俺のシェイク!甘いの嫌いなくせに!」
「へえシズちゃん知ってたんだ。俺言った覚えないけどなあ」
「だっ、手前いつもブラックばっか飲んで」
「俺そんなに飲んでた?」
静雄から思いがけない言葉が聞け臨也は上機嫌だった。もしかしたら高校の時から臨也のことを見ていたのでは、そう思うだけで今にも飛びつく勢いだ。
「静雄その辺にしとけ、墓穴掘ってるぞ」
「っ、はい…」
その言葉で気付いたのか、臨也から視線をそらし奪い返したシェイクに口を付けた。邪魔をされたことで臨也の機嫌が損なってしまった。静雄が臨也を見ることはない。
「間接ちゅう」
「、っ」
小さな声で言ったのが静雄にはバッチリ聞こえていたようで、最初はキョトンとしていたのがシェイクが視界に入り気付いたようだ。おかげで静雄の真っ赤な顔を拝めることが出来た。
「手前…、っ!」
「あーあ…」
やっちまったな。
トムは心の中で言うと珈琲のお代わり
をしようと席を立った。
「っ、何して…、」
「ムカついたから」
俺以外のやつに笑顔向けないでよね?
臨也自身静雄の笑った顔を見たことがない、だからこそ思ってしまうのかもしれない。
「何で手前にそんなこと」
「何で?わからない?」
「手前の考えなんてわかるわけっ」
「好きなやつが他の人と楽しそうにしてたらムカつくに決まってるでしょ」
真摯な眼差しに何も言えなかった。まさかあの折原臨也が、一人の人間に、化け物と称した静雄を好いているなど、耳を疑う。だがあの一件があったことで静雄は怒鳴ることも暴力を振るうこともなく黙っていた。
いつもと違う瞳に見つめているのが恥ずかしくなり静雄から視線をそらした。それを合図に臨也も静雄と距離を取った。
「い、臨…」
店の入り口へ向かう臨也を呼び止めようとする静雄だったが、自分でも何故そうしたかわからなかった。
「今日仕事が終ったらうちの事務所まで来て。この意味、いくら馬鹿なシズちゃんでもわかるよね」
振り返ることなく告げた臨也はそのまま店内を去って行った。それを見計らってトムが席へと戻って来た。
「大胆な奴だな。それにしても、厄介な奴に好かれたもんだ」
その言葉は静雄の耳には入っていない。臨也の言葉だけが頭の中をぐるぐる回っていた。
「お互い様か」
折原に対して静雄は素直じゃねえからな。





お酒




(人前で絶対飲まないでよ!)
(なんで手前に言われなきゃいけねえんだ!)
(あんな可愛い姿俺以外に見せたくないからに決まってんじゃん!)
(は……ばっ、何言ってんだばーか!)
(顔真っ赤)






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